歴史のプレイヤーとしての意識—船橋洋一インタビュー後編

元朝日新聞主筆で、民間事故調を設立したジャーナリスト・船橋洋一さんインタビュー後編です。前回は、日本の社会構造が原発事故の要因であるというお話でした。今回は海外との比較から日本社会を考えます。船橋さんが『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)に込めた思いとは。そして今の時代にこの社会で若者はどう生きていけばいいのか。ぜひご一読ください。

「絶対に安全だから事故は起きるはずがない」

カウントダウン・メルトダウン 下
カウントダウン・メルトダウン 下

加藤貞顕(以下、加藤) 原発事故は日本社会の構造の問題というお話を伺いましたが、海外だとどうなんでしょうか? NRC(アメリカ合衆国原子力規制委員会)が日本の下請構造に驚いたなんて話がありましたが……?

船橋洋一(以下、船橋) アメリカも下請けはあっても、危機管理に関わる部分はちゃんと自前でやってますよ。

加藤 具体的にはどんなことを?

船橋 これは原発に限らずだけど、アメリカだとBチームというのを作るんです。要するに、危機や問題が起きた時に、担当部署以外の人間が集まって危機対応だけをやる独立チームを用意しておく。

加藤 へえー!

船橋 彼らは危機管理という観点からのみ、情報を収集し対応のアドバイスをするわけです。これで、それまでのしがらみや不都合に左右されずに、危機に対してどう対応していくかに集中できる。

加藤 なるほど、事前にそういう仕組みが用意されているわけですね。

船橋 それから「チーフリスクオフィサー」という、危機管理専門の人間を役員に置くんです。アメリカだと上場企業の二十数%は設置しています。

加藤 日本にはそれに似た役割の人はいないんですか?

船橋 ようやく取り入れる企業が出てきていますけど、まだ上場企業の0.数%程度ですね。ただ、日本の場合、取り入れたとしても形式や様式だけになってしまうんですね。形だけ整えてやりはじめると、昨今の過剰なコンプライアンスの問題のように重箱の隅をつつくようなことばかりやり始めて、結局組織が停滞してしまう。形だけのチーフリスクオフィサーをつくると、リスクを犯してでもチャレンジさせるための仕組みなのに、いちいち問題点を指摘されるのが面倒くさくなって組織はリスクをさらに回避してしまうことになりかねない。

加藤 船橋さんは、「日本の組織では非常時の訓練がやりにくい」ということも書かれていましたが、これも根がいっしょの話でしょうか。

船橋 そうですね。原発について言うと、防衛省の高官が東京電力に対して、電源が切れた時の訓練をしようと何度も持ちかけていたのに、原子力安全保安院が「そんなことをやったら大変なことになる」と止めていたんです。原発は絶対に安全なものだから、そんなことが起きるわけがない。リスクはないものとみなしているんだから、電源が切れた時の訓練なんて縁起の悪いことできるか、って考え方になるんですね。

加藤 うーん。縁起かあ。

船橋 しかも訓練で何かそそうがあって、大臣にはじをかかせたりすると、役人は出世できなくなるかもしれない。だから、みんなで発言要領を読みあげたり、「ブルーインパルス」のような“出し物”を見せてシャンシャンで終わり……。

歴史のプレイヤーとしての意識

加藤 日本の危機管理の問題点を伺いましたが、この原発事故は諸外国にとっても危機になりかねない事故だったわけですよね。海外ではあの事故をどのように捉えていたんでしょうか?

船橋 アメリカはかなり正確な情報を掴んでいました。プラントの中の情報は彼らも、日本政府も、東電もなかなかつかめない。そこは同じです。しかし、アメリカは放射線モニタリング、それも空中モニタリングのパワーが段違いにすごかった。

加藤 政府間、とくにトップの間で日米間に大きな差があるということを聞いたことがあります。

船橋 そうですね。ひとつ言えるのは、彼らは歴史のプレイヤーとしての意識が強いってことでかね。

加藤 おお、歴史のプレイヤー意識。それは考えたこともないなあ。

船橋 政治家がわかりやすいですね。日本でも、政治家なら歴史を作るという意識を持ってる人がいないわけではない。アメリカや中国や韓国が日本と違うのは、トップの任期が4年か5年とかに決っている。その間に自分の使命を達成する。それによって自分は歴史に名を残すこともできる。そういうリーダーとしての覚悟がくっきりと出ている。それはトップだけではありません。トップとともに動くチームもそうです。ポリティカルアポインティー(政治任用制。任命権者である政治家により要職に登用される専門家)で政府に入ると、任期の間に自分が何を残すのかをものすごく意識して働くんですね。

加藤 各人が歴史の主役としての意識を持っているんですね。

船橋 そう。これが自分の舞台だと思って勤めあげる。これが日本の場合だと主役が官僚になってしまう。毎年コロコロと人事異動で動く官僚国家の日本は、どうしてもそういう意識を持ちづらい。

加藤 それはどうしてですか?

船橋 基本的に匿名性を維持しようとするからですね。個人の名前は決して出さずに、集団機能であることを重視する。だから責任の所在もあやふやにできる。官僚が1、2年で配置換えになるのもそのせいです。ひとりの人間を長く同じ場所に置くと、何かあった時にその人間が訴えられちゃう可能性があるから。そうさせないように組織的に動いていたんです。それで個々の人間の責任を問えないようにすると。

加藤 なるほど。配置換えは責任をシャッフルしてるんですね。

船橋 実は、戦前からずっとそうなんですよ。第二次大戦の時、帝国陸軍は毎年夏になると1000人以上の人事異動を行なっていた。戦争をやりながら毎年人事異動やっている。

加藤 よく官僚はジェネラリストだと言いますが、そういう理由だったんですか。

船橋 ジェネラリストというのは、つまり組織防衛のプロってことなんですね。そしてこういった危機が起きた時に、この国家統治のからくりが見えてきてしまうわけです。

中国との付き合い方

加藤 中国のお話を伺いたいのですが、今の時代って、どうしても中国のことを意識せざるを得ないですよね。船橋さんは中国の事情に詳しいと思いますが、どのように感じられていますか? 船橋さんは、生まれが中国なんですよね。

船橋 そう。父親が北支那開発っていう日本の国策会社で働いていたんです。戦争で日本が負けて、引き上げたのが昭和21年かな。僕はまだ2歳だったから全然記憶には残っていませんけどね。でも、戦後は中国にいるのも危ない時期だったんだけど、うちの母は負けたあと中国の人にすごく優しくしてもらったし、お世話になったというので、生涯の恩だって言ってましたね。

加藤 中国人て、付き合うと情が深い人が多いですよね。

船橋 情が濃いって感じかな(笑)。まあ家族ぐるみで付き合ったら、一生の関係だね。その代わり問題とか相談事もたくさん持ちかけられるから大変だけど……。

加藤 学生時代に行った時に、関西人を10倍濃くした感じだなと思いました(笑)。

船橋 なにかあった時に一回一回怒ったり、がっかりするんじゃなくて、中国人と一緒に楽しんじゃおうという気持ちが必要なんじゃないかな。

加藤 いろいろ互いに問題を抱えているにせよ、今中国と付き合えないのは損ですよね。

船橋 お互い一番損する関係に追い込んじゃっているからね。一緒に遊びながら儲けていい思いしようって関係にならないとね。

空気を読む人間はいざというとき戦えない

加藤 最後になるんですが、cakesの読者は20代30代の人が多いんです。日本社会の構造問題や、海外との比較をお話しいただいたんですが、これからの時代を生き抜くためにどうすればいいのかアドバイスをいただきたいです。

船橋 これからは巨大リスク社会、巨大リスク世界がニューノーマルになる時代です。原発事故が象徴するように、とにかく日本人はリスクにすごく無防備です。無防備なのは、みんなで空気を読み合おうとするからです。だから、空気を読み合ってリスクから目をそらすのはもうやめましょう。

加藤 船橋さんが本書に書かれた問題点のほとんどが、空気の読み合いから起きていた感じがします。そうなると、大事なのは空気を読まないことですか?

船橋 空気を読む人間は、いざという時に戦えませんから。もちろん、20代くらいで空気を読まずに行動すると、組織から弾き出されてしまうこともある。だから、若いうちは空気を読んだふりをしていればいいんです。組織の一部である自分を演じながら、自分をどう演出していくか。組織のために私はこんなに一生懸命やっていますと言いながらも、ちゃんと自分の牙は磨いておくこと。

加藤 いざというときのために、牙を磨いておくということですね。

船橋 そう。一枚必ず、自分のカードを残しておくこと。あとはね、演出というのはパフォーマンスじゃだめなんだ。演じるなら演じるで、本気でプロとして演じる。人生を演じる。最後まで演じ切る。

加藤 本気ですね。たしかに、それは今いちばん大事かもしれませんね。手抜きをしたら、本当にできる人には一発でばれちゃいますもんね。

船橋 しばらく愚直に同じ組織で与えられた仕事にしっかりと取り組むことです。そのうち、30代のうちに自分が他より秀でているのはどこか、わかってきますよ。自分の強さにきづくこと。それを見つけること。それに忠実であること。仕事というのはそこからが始まりだと思います。

加藤 とても貴重なお話をいただきました。今日はありがとうございました!

ケイクス

この連載について

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空気を読まない生き方

船橋洋一

東日本大震災により起きた福島第一原発事故。日本に多くの災厄をもたらしたこの事故は、同時に東電、そして政府の隠蔽体質を明らかにしました。なぜこんなことが起きてしまうのか。政府の調査機関には頼らずに「福島原発事故独立検証委員会」を設立し、...もっと読む

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コメント

die_kuma 前後編、構成を担当しましたー。 5年弱前 replyretweetfavorite

sadaaki 船橋洋一さんの『カウントダウン・メルトダウン』の刊行記念インタビューです。 @cakes_PR 元朝日新聞主筆で、民間事故調を設立したジャーナリスト・船橋洋一さんインタビュー。後編も無料公開でお届けします。https://t.co/5BMPWCOkUD 5年弱前 replyretweetfavorite