第3章 バカ息子
現実歪曲フィールド
帰国してすぐ、ジョイント・インターナショナルで、古畑と成田に会った。西島とビンセントの契約時の話をすると、声を揃えて「あの人らしい」と言った。
古畑は缶コーヒーをすすりつつ、痩せた頬を指でかいた。
「西島さんは常識ではあり得ない奇跡を、勢いとパワーでやっちゃうんですよ。ビンセント・ゲイツに直談判して、日本のBASICの販売代理店の契約を取りつけるとか……うちみたいな学生起業の出版社が、無茶苦茶な話ですよ」
「まあ普通なら、ビビるところですよね」
「ビビるとか以前に、後先考えてない。成田も困ってましたよ」
背中を向けてキーボードをカタカタ叩いている成田が言った。
「アメリカまでの西島さんと優作さん、おふたりの旅費。往復のビジネスクラス運賃と宿泊滞在費で合計、350万円になります。こんなもの経費で回されても、処理は困難です」
成田はガンッ!! とエンターキーを強く叩いた。怒りがこもっている。
古畑が怯えるように、声を少し下げた。
「金に関しては西島さんは、お祖母ちゃんに甘えたりして、何とかするんでしょうけど。いちおう社長なんだから、常識的なやり方も、少しは身につけてほしいですよ。今後のためにも」
「でもBASICの販売独占は、めちゃくちゃでかいですよ。アーキテクトはこの一発で大儲けできます」
「かもしれませんね。そういう意味では経営者としての才覚はある。人のバランスって、難しいですね……」
と言って、古畑は苦笑いした。俺は訊いた。
「古畑さんは、なんで西島さんに付いて行くんですか」
うーんと少し考えて、古畑は答えた。
「僕は基本的に、火を燃やすより、火をコントロールするのが向いてるんですよ。アーキテクトではいつも西島さんが、どこかに火を点けてくる。それを観察して、もっと燃やして炎にしたらいいのか? すぐ消さないとダメなのか? を選ぶ。だから片手には水の入ったバケツ、もう片方の手にはガソリンタンクを持っています。水をかけるのか炎上させるのか、調整するのが僕は得意なんですよ。
西島さんは違う。火を点けるだけで、下手したらあらゆる場所を焼き尽くそうとするでしょ。喩えは悪いけど、僕にとってはコントロールしがいのある放火魔っていう感じです」
「面白いなぁ。わかる」
「ただ火を点けるにしても、彼はタチが悪いんですよね。火なんか点けてませんって、平気でウソついちゃったりする。背中まで燃えてるのに。発言や行動が、矛盾することに躊躇いがなさすぎる。肝が太いというか何というか……。扱いに慣れてない人は、ウソに騙されて、大やけどしちゃったりね。それはそれで他人をいいように使う、西島さんの天才的な才能なんですけどね」
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