ぼくらが(台湾に)旅に出る理由

ライターの神田桂一さんに、台湾のサブカルチャー事情についてご寄稿いただきました。神田さんが台湾を旅する中で出会った文化の数々には、懐かしさと新しさが同居していました。神田さんはそこに何を感じたのでしょうか。ぜひご一読を!

 最初はごく単純な動機だった。30歳を超えたときくらいに、いわゆるバックパッカー的な旅にハマった(遅い)。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中東など、ひと通りの地域を塗りつぶしていくなかで、アジアの地図にぽっかりと色が塗られていないことに気づいた。台湾だった(ちなみにそれまでにアジア周辺で行った国は、韓国、中国、香港、マカオ、タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、インド)。台湾かぁ……。じつは最初あまり乗り気でもなかった。

 それまでの台湾のイメージは、面白みのない国。とにかくあまり日本と変わらないと聞いていたからだ。街中にはコンビニと日本語表記があふれ、人々は優しくて親日。わかりやすいカルチャーショックを求めていた当時の僕からしたら、あまりこころ惹かれる国ではなかったのである。でも、チケットが往復でなんと2万円と破格の安さだったこともあり、まあ、行ってみないとわからないわけだし、とりあえず行ってみるか、そんな中途半端な気持ちでバックパックに荷物をつめた。それは2011年12月の冬のこと。そこからなんと1年で5回も行くことになるとはこのとき思っても見なかった。

 僕は台湾桃園国際空港に降り立つと、バスに乗って台北駅のバスターミナルまで向かった。約1時間。日も暮れようとしていたので、宿探しを始める。最初は台北からひと駅の中山駅の近くにあるゲストハウスに宿をとった。でも宿をとった当日に隣の市場で火事が発生。幸先悪いなあとなんとなくいる気になれなくなった僕は、翌日別の宿に移ることになる。

 そこは、たぶん台湾最安のゲストハウス(日本円で1200円くらい)で、設備などがボロボロだったため、もうちょっとだけいい宿にしようと、僕は持ってきていたガイドブックをめくり、あたりをつけて向かうことにした。その宿は永康街という街にあり、当時、最寄りにMRT(台湾の地下鉄)がなかったことから、陸の孤島状態だった。少し離れた駅から徒歩で向かい、永康街に近づいていく。じつは、この永康街との出会いが僕の台湾観をがらっと変えることになる。


レトロな外観のカフェ

 宿に荷物を起き、とりあえず街をぶらぶらすることにした。すると、いたるところにカフェが点在している。カフェではgalleryを兼ねていたり、イベントを告げるフライヤーが置かれたりしていた。なんとなくサブカルチャーの匂いを感じた僕は、一軒のカフェに入ることにした。コーヒーを飲みながら(台湾のカフェではタバコが禁止されているので吸えない)ふとお店の本棚に目をやった。すると、日本のマンガや本がたくさんあるではないか。


日本の雑誌が常備されている

 川島小鳥の写真集に、浅野いにお、花沢健吾のマンガ、もちろん村上春樹だってある。そしてなんと雑誌まで。『BRUTUS』に『クウネル』休刊した『relax』まで並べられてある。名前は挙げないが日本人も知らないようなもっとマイナーなものもいっぱいあった。店内では台湾のインディーズミュージックがかかり、合間にはperfumeや相対性理論がかかる、といった具合で、僕はそのサブカル度に衝撃を受け、店員さんに思わず話しかけてしまった。すると店員さんも日本のカルチャー通でサブカルっ子。日本や台湾のサブカルチャー事情について話し込むうちに時間はあっという間に過ぎていった。

 当時、僕は台湾についてほとんど無知の状態だったが、メイドカフェがあって、ニコニコ動画が流行っていて、といったいわゆるオタク文化が浸透していることは知っていた。だが、こっち方面がまさかあるとは思わず正直不意打ちをくらってくらくらしてしまった。あとから聞いたことだが、永康街は高級住宅地で、日本で言うところの代官山に下北沢をブレンドさせたようなところ。おまけに台湾師範大学の学生街でもあり、高田馬場もミックスさせた感じ。のちに訪ねることになるが、台湾のインディーズバンドで日本でもたくさんライブをしている『透明雑誌』のメンバーが経営するgallery兼レコード屋『waiting room』や台湾のインディーレコードを揃え自らレーベルも持つレコード屋・小白兎もここ永康街にあり、日本の高円寺にあるオルタナティブコミュニティ・素人の乱とも交流のある台湾のオルタナティブスペース『直走珈琲』もこの近所にある。(直走珈琲は去年惜しまれつつ閉店。これ以上繁華街になってほしくない永康街の住民が反対運動をしたためだが、このあたりのことはまた機会があれば書きたいと思う。せっかくの面白い街がおとなしくなるのは残念だ)。

 とにかく、約2300万人の人口に比してのオルタナ・サブカルチャースポットの発達具合に僕は驚いたのだ。その後の台湾への5回に及ぶ旅は、主にこのオルタナ・サブカルチャースポット巡りに費やされることになる。


永康街の一角にあるマンション

 そして、ここ、永康街以外にも、そういったスポットはあった。台湾大学の学生街である公館駅周辺もそのひとつ。この街を歩いていたとき、『海邊的卡夫卡』という看板のカフェが目についた。これはもしかして……と思って入ると、やっぱり村上春樹の『海辺のカフカ』という小説からとったとのこと。ここのお店のオーナーは、この近くに『挪威森林』(ノルウェイの森)というカフェも経営しているそうだ。


「森林」は森ですが「挪威」はノルウェイのこと

「海邊的卡夫卡」はもちろん「海辺のカフカ」。カフカは台湾ではこう書きます。ちなみに下にある「川岸留言」も台湾では有名なライブハウス。

 カフェだけでなく、古本屋が軒を連ねていて、アジアの街でこういう経験をしたことがなかった僕は、とても新鮮に感じたのだった。ちなみに後でわかったことだが、台湾のオルタナ・サブカルチャースポットは学生街が中心、というのも特徴のひとつ。これは現代の日本にはないことで、まだその国の文化が発展段階だという見方もできる(発信よりも受容のほうが多く、その主な受け皿は一番サブカルチャーのアンテナが鋭いインテリの学生たちだから)。

 ちなみに韓国人の友人から聞いたことだが、韓国も似たような状況であるらしく、韓国のオルタナ・サブカルチャースポットは弘大という学生街に集中しているようだ。ともに80年代に政権が安定し、経済的には近代化を達成しているが、これからあらゆる意味での成熟が期待される国家に特有の現象なのかもしれない。

 言い換えれば、今台湾は、文化的な意味で、学生が元気だった日本の60年代のような、青春期にあるといっていいのではないだろうか。先日も、台湾で大規模な反原発デモが行われた。台北・高雄・台中・台東で同時に行われ、合計60万人が参加したそうだ。台湾の人口が約2300万人ということを考えると、凄い数だということがわかる。こういった運動の高なりも、その頃の日本を想起させる。そんな空気を感じながら、僕はふたつの学生街を堪能した。


アークンさん

 また、台南では僕が勝手に台湾の坂口恭平(日本の新政府総理大臣を名乗り、『独立国家のつくり方』という本も上梓した、オルタナティブな活動をしている作家)と呼んでいるアークンさんにも出会った。アークンさんは台南の港においてあった船をスクワットして、魚やカニを獲って暮らしている。その様子は、まるで台湾内にある独立国家と言えなくもない。だけど、文明を否定しているわけではなく、いかになにものにもしばられず、自由に生きていくかを追求した結果なのだという。車や携帯も持ち、うまく今のこの文明社会と折り合いをつけながら生活していた。

 こんな、日本だと変人あつかいされてもおかしくないようなアークンを、台南の街はすっかり受け入れていた。現地でもちょっとした有名人らしく、僕の泊まっていたゲストハウスに遊びにきて、カニ料理をご馳走してくれたのだが、その酒宴にはゲストハウスのオーナー夫妻も参加したくらいだ。とにかく日本社会は生きづらい。管理が過ぎている。こういう人物は排除されるのが普通だ。でも台湾ではいきいきと暮らしていくことができる。そんな台湾の自由な空気にふれて、僕はますます台湾の魅力に取り憑かれていた。

 そうやって旅を続けているうちに、ふと、僕はパラレルワールドに紛れ込んだような錯覚に陥った。日本の繊細さと中国の大胆さを合わせ持った、いいとこ取りのような台湾。これから何かが始まりそうな旺盛な空気。そこで『自由』に生きている人々。そこには、なんとなく僕が追い求めている理想があるような気がした。もしかしたら台湾は、日本にとって、かつてそうであったと同時に、そうであったかもしれない未来を体現する国なのではないか。社会も人間も日本ととても良く似ている台湾。日本のボタンの掛け違いを正常に戻すヒントは、もしかしたら台湾にあるのかもしれない。そんなことを思いながら、僕は再訪を誓い、台湾をあとにしたのだった。

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神田桂一

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コメント

amamako 2件のコメント https://t.co/FLK0EDSKEc 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

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