はてしない穴
初夏である。順調に太っていくタマネギの根元にしゃがんで、夫がニタニタ笑っている。
「色っぽいねぇ」
「どこが?」
「どこって。そりゃあ、このふくらみですよ」と、茎から玉への曲線を指でなぞっているのだ。
「このライン、すっごくきれい」
ハクサイの一件以来、この人の野菜愛は変態じみている気がしていたが、間違いなさそうだ。
色っぽいとは思わないが、タマネギがここまで育ったことには、私も感無量だった。
苗を植えたのは、半年も前の11月。それは、ネギの赤ん坊のようで、土から抜かれて根がむき出しの状態で売られていた。
「これでよく枯れないな」
不思議に思いながら、1束50本の苗を2束買ったのだ。黄タマネギを2品種。タマネギにも多くの品種がある。
鉛筆よりやや細いくらいです。タマネギは、タネをまいて苗を育て、それを掘り上げて、畑に植えつけるんです。
タマネギを植えるには、土に「マルチ」というビニールを敷くといいらしい。地温を上げ、湿度を保つための園芸資材だ。寒く乾いた冬を越すのだから、備えが必要なのだろう。
便利なことに、15㎝間隔で穴のあいた「タマネギ用マルチ」を売っていたので、それを使った。
さあ、年内最後の植えつけだ。
マルチの穴の中心に、棒を刺して植え穴を作り、苗を1本入れたら、土をよせて根となじませる。
終わったら隣の穴だ。
棒で穴をあけ、苗を入れ、土を寄せる。深く植えすぎてもいけないので、苗の高さを調整する。
また隣の穴だ。
しゃがんだ姿勢のまま、カニのように横へ移動していく。
穴、穴、穴、穴、穴、穴……。
どこまでも穴、はてしなく穴が続いている。植えても植えても苗が減らない。
10本も植えないうちに、私は叫んだ。
「もういや! こんなの拷問だよ!」
穴があいているだけでも感謝しないと。ふつうのマルチは、自分で穴をあけるんです。
発狂するぞ
一年中山積みで売られているタマネギ。日本中のタマネギの数を思うと、いったいだれがこのつらい作業をしているのだろう。
「機械植えに決まってるでしょ」と夫が笑う。そうだよね。手作業だったら、1袋198円は安すぎる。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。