天皇陛下の「譲位」のきっかけは、あの震災だった

昨年夏にNHKの報道によって示された、天皇陛下のご意向。その後の取材により、天皇陛下はすでに6年前から「譲位」を考えていました。そもそもなぜ、天皇陛下は「譲位」を考えることになったのか。それは父先代の昭和天皇、ご自分の病気、そしてあの未曾有の震災がきっかけでした。今回はNHKの第一報を軸に、天皇陛下の「象徴天皇」としてのお務めにかける思いを絡めながら、「譲位」問題を考えます。

「譲位」しか解決できない理由

象徴の実務体現と高齢現象の自覚

 天皇陛下が6年前から生前退位のご意向を打ち明けられていたことについで、今上陛下が象徴天皇としての役割と、その務めを高齢化によってできなくなることへの懸念をもっておられることが、次のごとく説明されています。

(2)天皇陛下は、昭和天皇の崩御に伴い、55歳で、今の憲法のもと、初めて「象徴」として即位されました。現代にふさわしい皇室の在り方を求めて、新たな社会の要請に応え続けられ、公務の量は昭和天皇の時代と比べ、大幅に増えています。

(3)天皇の務めには、憲法で定められた国事行為のほか、公的にすることがふさわしい象徴的な行為があると考え、式典の出席や被災地のお見舞いなど、さまざまな公務に臨まれてきました。また、天皇の公務は公平に行われることが大切だとして、82歳の今まで、公務を大きく変えられることはほとんどありませんでした。

(4)一方で、82歳の誕生日を前にした去年(平成27年)暮れの記者会見では、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と率直に老いや間違いを認め、「少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と述べられました。(中略)(陛下の)関係者は「ご自身が考える象徴としてのあるべき姿が、近い将来体現できなくなるという焦燥感やストレスで悩まれているように感じる。公務の多さもされど、象徴であること自体が最大の負担になっているように見える。譲位でしか解決は難しいと思う」と話しています。

 このうち、まず(2)について少し補いますと、確かに今上陛下は、昭和21年(1945)11月3日、第一学習院中等科一年生(12歳)の時に公布された今の「日本国憲法」のもとで戦後教育を受けられ、43年後に55歳で、初めて象徴として皇位につかれました。それゆえ、㋑平成元年(1989)1月9日「即位後朝見の儀」と、㋺翌2年11月11日「即位礼正殿の儀」において、次のごとく述べておられます。

㋑ (前略)日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。 (中略)皇位を継承するに当たり、大行天皇 (2日前に崩御された昭和天皇)の御遺徳に深く思いをいたし、いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ、皆さんと共に日本国憲法を守り、これに従って、責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と、世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません。

㋺ (前略) あらためて御父昭和天皇の60余年にわたる御在位の間、いかなるときも国民と苦楽を共にされた御心を心として、常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓い、国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の幸福と繁栄に寄与することを、切に希望いたします。

 このように今上陛下は、現行の日本国憲法と皇室典範の規定に基づいて皇位を継承したのだから、とりわけ憲法に掲げる「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴としての責務」(任務・役割)を自ら「体現」(実践)することによって、「現代にふさわしい皇室の在り方」を求めて、新たな社会の要請に応え続けてこられたのです。

 その「象徴としての務め」は、(a)憲法の定める「国事行為」だけでなく、(b)象徴にふさわしい「公的行為」が極めて多い。他に(c)皇室の伝統的な「祭祀行為」も決して少なくありません。とくに(b)は、全国各地や諸団体などからの要望や国際交流の進展によって、次々と多くなりました。

 そこで、平成15年(2003)いわゆる古稀(70歳)を迎えられ、しかも、前立腺癌の手術をされたころから、側近の人々が「ご公務の軽減」案を強く勧めたようです。しかし、陛下は、それまで一定の基準で行ってきたことを、減らしたり止めたりすれば、不公平になってしまうと考えられ、可能な限り続けようと努めてこられました。

 しかしながら、いよいよ80歳代に入られて、今まで可能だった「象徴としてのあるべき姿が、近い将来体現できなくなる」ことを自覚され、どうしたらよいのか思い悩まれるようになられました。

 先に引いた『文藝春秋』の続きをみますと、平成24年(2012)早々、心臓冠動脈のバイパス手術をされたころから、高齢化による障害について率直な思いを話されるようになり、その実例として「ご自身の母である香淳皇后の晩年のご様子」(腰痛と認知症の進行)を具体的に話されたそうです。大変お辛いご心境だったと思われます。

「譲位」への決意は東日本大震災だった

皇后陛下も皇太子・秋篠宮両殿下も納得

 そこで、陛下は考え抜かれた末に「譲位でしか解決は難しい」と思い至られ、それを後_継者に直接ご説明になりました。しかも、今後どうあるべきかまで話されたことが、次のように報じられています。

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コメント

Echuiriel そうだった。今上陛下は、今の憲法ではじめて即位されたんだ。ここを忘れると議論のすべてがおかしくなるな。 3年弱前 replyretweetfavorite