日本語ラップの言葉はどこからやってくるのか—まえがきにかえて

「ラップの言葉はどこからやってきてどこへ向かっていくのだろう」ーー80年代に産声を上げた「日本語ラップ」の歴史をはじめてひもとく、音楽ライター・磯部涼さんによる新連載が始まります! 初回は高校生ラップ選手権、フリースタイル・バトルについて。同日公開の「日本語ラップの〝歴史〟はいつ始まったのか」もあわせてお読みください。

不良少年はどのようにして日本一のラッパーになったのか

 東京の夜。ガラス張りのドアを押して外に出ると、湿気た空気がまとわりついてくる。8月ももう終わりだが、不快な暑さは相変わらず続いていた。それでも、T-PABLOWはビールが注がれたプラスティックのコップを手に、エアコンの効いたロビーで繰り広げられている騒ぎを背に、夜の中へと踏み出していく。静かだ。搬入口では興奮さめやらない大勢の若者たちが、今日、熱戦を繰り広げた出場者の姿をもういちど見ようと待ち構えていたが、中庭にはその喧噪も届かなかった。果たして、昼間、彼はリハーサルに向かう際にここを通った時、数時間後に自分がひとりで佇むことになると想像しただろうか。すると、暗闇の中から5、6人の若者たちが少し気まずそうに現れた。地元・川崎の仲間、BAD HOPの面々だ。T-PABLOWはやっと安堵の表情を浮かべた。そう、終わったわけではない。計画は山ほどあるのだ。彼は目の前に立ちはだかっていた目標が背後に消え、むしろ、視界が開けたに違いない。遥か先では、まるで夜空の星のように未来が瞬いている。

 2016年8月30日、日本武道館で行われた<高校生RAP選手権>は番狂わせとなった。当日は、BSスカパー!の番組<BAZOOKA!!!>の企画であるこのフリースタイル・バトルの10回目の開催を記念して、過去の優勝者と、視聴者からの投票で選ばれた選手がトーナメントで戦う言わばオールスター戦。結果、投票では最下位タイで、いじめられっこというラップ・ミュージックのステレオタイプに対するカウンターとなるようなキャラクターを打ち出した、大阪府・東住吉区出身のじょうが優勝の座に辿り着いたのだ。

 一方、彼と決勝で当たったT-PABLOWは、2012年に行われた第1回、そして、1年後の第4回大会の優勝者という大本命である。キャパシティ1200人の<赤坂BLITZ>で開催された後者の回の打ち上げで、大会を仕切る株式会社スカパー・エンターテイメントの重役は「私にはスタジオ・コーストが見えました! 日本武道館が見えました! この番組はこれからさらに大きくなっていくでしょう!」とスピーチをした。彼の夢想は実現し、武道館公演の8000枚のチケットが完売したどころか、<高校生RAP選手権>は社会を巻き込んで日本にラップ・ミュージックの一大ブームまで起こしたわけだが、T-PABLOWもその波に乗って、過酷な環境から抜け出したのだった。

 第1回ではK-九(ケイ・ナイン)と名乗っていたT-PABLOWこと岩瀬達哉は、95年、神奈川県川崎市南部の工場地帯に生まれた。少年時代、両親は多額の借金を抱え、家庭は貧困と取り立ての暴力に苦しんだという。やがて、地元で不良として名が知れるようになった岩瀬は、<高校生ラップ選手権>出場時、実は高校に進学しておらず、その道へ深入りしつつあった。そして、彼は10回大会において、そういった生い立ちだからこそ自身はラッパーとしてオーセンティックであり、すなわち、優勝することは必然なのだとでも言うかのように、フリースタイルでもって20年の人生を振り返った。

「ガキの頃から高かったストリートの授業料/ラッパーじゃなけりゃヤクザにハスラー?/マナブのあんちゃん助かりました!」(2回戦)。

「もっと飛んでく/これ効かないコンテニュー/道なら混んでる/そもそもラップ選手権自体オレが盛り上げたコンテンツ/その時の名前はK-九(ケイ・ナイン)/パンチラインは〝ヒップホップで回すこの国の経済〟/消えない思いがあんだよ、なぁ/返済してやるすべてをな」(準決勝)。

 また、彼が「叶えたい夢ならある/三回優勝です/ クレヴァとR」と、日本初の本格的なフリースタイルの大会である<Bボーイ・パーク>のMCバトルで3連覇(98年、99年、00年)を成し遂げたクレヴァ、00年代半ばから10年代半ばにかけてのシーンを代表する大会である<ULTIMATE MC BATTLE>でやはり3連覇(12年、13年、14年)を成し遂げたR指定の名前を出したのは、自分こそが次代を引き継ぐという宣言だった。しかし、前述したように彼の優勝は叶わなかったわけだが、T-PABLOWにとっても、日本のラップ・ミュージックにとっても、分かりやすい物語運びではないからこそ、この先が楽しみになったというものだ。

 ラップの言葉はどこからやってきてどこへ向かっていくのだろう。フリースタイル・バトルにおいて、先行するラッパーは、対戦相手の見た目や過去の振る舞いといった情報のアーカイヴ、言い換えれば彼の歴史からディスをするポイントや、それらと比較して自身の方が優れているとボーストをするポイントを探し、ライムをつくり出していく。また、後攻のラッパーにとってはそのフリースタイルが進行するそばからアーカイヴ=歴史と化し、文字通り捕らえるための言葉尻として機能する。そして、彼らが自然に日本語でラップが出来ているのは、先達のアーティストたちが試行錯誤してきたからこそだ。フリースタイル・バトルという、今、この瞬間にだけ立脚しているように思える表現も、日本のラップ・ミュージックの歴史の一部なのだ。もしくは、もっともっと長い歴史の。

 2016年、日本ではラップ・ブームが起こった。2017年、インディペンデントとして活動してきたラッパーたちの中には、新たに事務所に所属し、メジャー・レーベルからのデビューを控えているものも多い。ただし、いわゆるラップ・ブームは初めての現象ではない。例えば、武道館で行われた<高校生RAP選手権>の第10回大会ではベテランのラップ・グループ、ライムスターがゲストとしてライヴを披露した。彼らの楽曲「B-BOYイズム」のイントロダクションが鳴った瞬間、会場を埋め尽くす若者たちから歓声が上がったが、それは、第5回大会においてT-PABLOWの双子の弟・YZERRがこのビートを使った戦いを制し、優勝を掴んだからだ。一方で、「B-BOYイズム」は90年代後半のラップ・ブームを象徴する楽曲であり、そもそも、イントロダクションでサンプリングされているのは、70年代から同文化の言わばテーマ・ソングとして愛されてきたジミー・キャスター・バンチの「イッツ・ジャスト・ビガン」である。駅前のサイファー。クラブのライヴ。テレビの中のフリースタイル・バトル。次々とネットにアップされるラップ・ソング。そういった、今、この瞬間に立ち現れているように思える表現が、果たして、どこからやってきてどこへ向かっていくのか。本稿はそれを解き明かそうと試みるものだ。

・同日公開!「日本のラップ・ミュージックの歴史はいつ始まったのか」もぜひお読みください。


磯部涼さんが明日25日、イベントを行います!

日本語ラップ批評ナイトVol.2
これまでの日本語ラップをめぐる言説を整理し、これからの日本語ラップ批評を基礎づける!日本語ラップ批評とは何か?日本語ラップに批評は必要か?批評に日本語ラップは必要か?日本語ラップと批評の関係性をラディカルに問い直し、日本語ラップ批評を新たに組織する契機となる夜!「日本語ラップについてどう話せばいい?」簡単さ。TALK THIS WAY!!!
日時:2月25日(土)19:00開演 22:00終了
出演:磯部涼、吉田雅史、佐藤雄一、中島晴矢 a.k.a. DOPE MEN、韻踏み夫
企画:有地和毅 a.k.a. お揃いのタトゥー 参加費:1,500円(1ドリンクオーダー制)
会場:文禄堂高円寺店イベントスペース 東京都杉並区高円寺北2-6-1高円寺千歳ビル1F
お問い合わせ:03-5373-3371(*予約満席のため当日券のみ)

この連載について

日本語ラップ史

磯部涼

「フリースタイルダンジョン」や「高校生ラップ選手権」の流行、メディアでの特集続き……80年代に産声を上げた「日本語ラップ」は現在、日本の音楽シーンにおいて不動の位置を占めるものとなりました。いとうせいこうらの模索からはじまり、スチャダ...もっと読む

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コメント

Kawade_bungei 音楽ライター・磯部涼さんによる新連載スタート。初回は高校生ラップ選手権、フリースタイル・バトルについて→ 10ヶ月前 replyretweetfavorite

hdJAP2y0JxJWMZE 不良少年はどのようにして日本一のラッパーになったか #SmartNews お前が傷付けた真人間達に、謝罪しながら死ね。 https://t.co/yKAjf88uDX 10ヶ月前 replyretweetfavorite

Kawade_shobo 公開しました! 10ヶ月前 replyretweetfavorite