インゲン豆の家
その年、私はついに、畑に家を建てることにした。
といっても、貸し農園に小屋を建てることは契約で禁じられている。私が建てると決めたのは、「bean teepee(ビーン・ティーピー)」。teepeeとは、ネイティブアメリカンの移動用住居らしい。それをインゲン豆(bean)で作るという、西洋生まれの菜園アイデアだ。
建て方は簡単。
① 木の枝で、円錐や角錐形の骨組みを作る。
② 枝の根元にインゲンの苗を植える。直接タネをまいてもよい。
③ 成長すると、枝につるが絡み、葉が茂り、それが壁になって豆のテントができあがる。
というわけだ。作るのは骨組みだけで、あとはインゲンまかせだから、工務店に頼むまでもない。
「夏はそこで過ごすの。昼寝したり、お茶したり、パソコンを持ち込めば、仕事だってできちゃうよ。表札もつけちゃおうかな」
私の妄想は膨らむ一方だが、夫は現実派だ。
「あのねぇ、大人が入れる床面積にするには、相当長い枝が必要だよね。だいいちそんなに高くまで育っても、豆が収穫できないでしょ」
夢のない人は無視するにかぎる。私はインゲンの苗作りを開始し、それが育つと、畑の一角でひとり、地鎮祭を済ませた。それから、家の骨組みを探すべく、畑の脇の雑木林に落ちた枝を探しに入ったのである。
そして数十分後、
「細くて短い枝しかないんだよ!」と、泣きべそで戻ってきた。
別荘ができた!
夫は一瞥しただけで、知らんふりだ。
しかたない。建材変更だ。ホームセンターで買ってあった支柱用の細い竹で代用しよう。
しかし、その竹は長さが2mほど。組んでみたが、床面積をとれば天井が低くなり、天井をとれば床が狭くなる。
「こんな家じゃ暮らせないよ」
「ね、ぼくの言った通りでしょ」
悩んだあげく、私は天井高を優先すると決めた。そして、できた骨組みの根元に、インゲンの苗を植えつけた。
負け惜しみに聞こえるでしょうが、近年は、狭小住宅が流行なんですよ。
インゲンの成長は驚くほど早かった。苗は、竹の存在に気づくとすぐにまきつき、天へ向かって伸び始めた。
「『ジャックと豆の木』みたいだな……」
あの豆は、きっとインゲンにちがいない。そして、あの物語の作者は、インゲンを育てたことがあるのだろう。
はじめは透けていた家の側面も、葉が成長するにつれ壁らしくなってきて、おまけにピンクの花まで咲き始めた。
インゲンの花です。マメ科の花は、どれもかわいいのです。
そしてついにインゲンは、支柱のてっぺんを超えるまでに育ったのである。
「わーい! 別荘ができたよー!」
広さは、たたみ半畳ほどだ。尻だけ突っ込んで体育座りをしていると、夫が言った。
「まるで屈葬だね」
「ビーン・ティーピー(豆のテント)」という名がぴったりです。
すっかり化け物屋敷
インゲンは、次から次へと実った。丸いさやと平たいさやの品種を混ぜて植えたので、2種類のインゲンがぶらぶらと下がっている。
見た目も楽しいが、そのインゲンがとてもおいしかった。とれたての野菜はなんでも美味だが、豆類はとりわけうまい。
こうして、食と住を両方楽しんでいたのだが、季節は夏である。トマトやキュウリなど好きな野菜の収穫が始まると、私のインゲンへの興味はじょじょに薄らいでいった。
毎日何十本も食べたのですが……。
やがて7月の末、突然夫がキレた。
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