『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』宮澤伊織 定価=842円
【STORY】
仁科鳥子と出逢ったのは〈裏側〉で「あれ」を目にして死にかけていたときだった——その日を境に、くたびれた女子大生・紙越空魚の人生は一変する。「くねくね」や「八尺様」など実話怪談として語られる危険な存在が出現する、この現実と隣合わせで謎だらけの裏世界。研究とお金稼ぎ、そして大切な人を探すため、鳥子と空魚は非日常へと足を踏み入れる——気鋭のエンタメSF作家が贈る、女子ふたり怪異探検サバイバル!
■『ストーカー』がやりたかった
──まずは執筆の経緯からお伺いしたいと思います。
宮澤 編集さんからお声がけ頂いたのは、創元SF短編賞を受賞する直前だと思います。最初は何を書いてもいいです、SFじゃなくてもと言われたんですけど、裏世界のアイデアを持って行ったら「SF読者は理屈の部分を読みたがるから、もっと理屈がほしい」と言われて「やっぱりSFじゃなきゃだめなんじゃないか!」と(笑)。
──影響を受けた作品はありますか。
宮澤 もともとストルガツキー兄弟の『ストーカー』(ハヤカワ文庫SF)がやりたかったんですよ。わけのわからない空間があって、お宝があって、でも入ると色々ヤバいことがあるという。一方で、異世界に行っちゃう系の怪談というのが、ここ10年くらいネット上で流行っているのを観察していたので、これで『ストーカー』をやれるんじゃないのかというのが最初の発想ですね。あとウクライナの会社が開発した『S.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYL』というPCゲームがありまして、これが『ストーカー』を大いにリスペクトした作品で、チェルノブイリの周辺に生まれたゾーンという、変異したクリーチャーとか、空間異常とかが存在する危険な場所に人間たちが入って値打ちのある物をとってくるという設定なんですよ。これにも非常に影響を受けました。
──『裏世界ピクニック』では、ネットで語られている実話怪談、いわゆるネットロアが重要なモチーフになっていますが、以前から関心をお持ちだったんですか。
宮澤 ネットロアに関しては、2ちゃんねるのオカルト板で非常にクオリティの高い怪談が書き込まれるスレが3つぐらいありまして、そのへんを2012年くらいまでは結構ちゃんと追いかけていました。その後既存の話の再生産が多くなって、追いかけるのを止めたんですが、近年では竹書房ホラー文庫から出ている実話怪談本を読みあさってます。特に我妻俊樹さんと朱雀門出さんの著作が好きです。
──ただ『裏世界ピクニック』で取り上げられているネットロアは、ネタとしては個別でばらばらな訳ですよね。それが本書では、裏世界という空間にみんな存在するものとして一括りにされています。これはどういうところから発想されたんですか。
宮澤 もともと裏世界という変な場所があった。そこでほかの怪談のクリーチャーと出会うというのは、その基盤に後からくっつけた発想ですね。
イラストレーション:shirakaba
■強度のある百合を求めて
──『裏世界ピクニック』を読んでいて印象的なのは主要登場人物が若い女性で、みんな欠落感を抱えていて、それが裏世界へ赴く動機となっている点なのですが。
宮澤 『ストーカー』でも『S.T.A.L.K.E. R.』でも、ゾーンに入っていく人はみんな男性なんですよ。これをそのまんま女性に置き換えて成立するのかというのは結構悩みました。その上で、これほど危険な場所には、何か欠落とか、厭世観とかがないと行かないんじゃないかなと想像したんですね。なので、どうしても現実世界が嫌だとか、あっちに行っちゃった人を探したいとか、そういう動機があるタイプを登場人物にしました。
──キャラクター同士の関係がいわゆる百合っぽいのですが、これは意識的なものですか。
宮澤 はい。これが俺の考える百合だ、読んでくれという気持ちです。とはいえこれを言うのはなかなか勇気の要ることで、まず読者に先入観を与えることになりますし、もうひとつは……いま百合を取り巻く環境はものすごく豊穣で、完全に制空権を取った空域を、AC‐130みたいなガンシップじみた百合の達人が旋回しているような状況です。そこに出て行くわけですからめっちゃ怖い。うまく飛べているかどうかドキドキしています。
──空魚と鳥子の間にはコミュニケーションギャップがあるし、鳥子と小桜の間にもギャップがある。おたがい思うようにうまく接触できない、あるいは接触してくれないというのがあると思うのですが。
宮澤 百合には「強度」があると思うんですよ。かわいさとか切実さとかインパクトとか、軸はいろいろですが、一見して「うっ、強い」と感じさせる「圧」がある。その圧を高めたくて模索した結果です。女性同士でキャッキャするだけでも充分強いんですけど、この話の雰囲気に合う方向だとこっちかなと。情念を高めることで、強度の高い百合を書きたかったんです。強くなりたい。
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