せいのめざめ

親がやってた/見たことないけど

イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で妄想と憧れの日々を描いた『せいのめざめ』第4回。武田砂鉄さんの「親がやってた」と、益田ミリさんの「見たことないけど」をお届けします。ベールに包まれた性の謎は、少しずつ明らかになるのでしょうか?

「親がやってた」 武田砂鉄

それまで本多君の家の特徴といえば、いまだに汲み取り式便所である、と否定的に理解されているくらいのものだったのが、その激白の日からはガラリと評価が変わった。

小学校の近く、正門の前にある信号を斜めに渡っただけのところにあった本多君の家は、ちょっとだけ寄ってファミコンをする溜まり場になっていたのだが、友だちが来ているというのに、自分が進めているRPGを続行したりするものだから、ちょっとさすがに本多ムカつくと、徐々に求心力が落ちてきているところだった。操作するのに慣れているサッカーゲームで、この位置から打てば確実にシュートが入るという位置からばかり打ってくるのにもイライラした。

本多君が言う。「親がエッチしてるのを見た」。まだ小学校4年か5年だったから、エッチの詳細を知る者は少ない。継ぎ接ぎするほどの断片情報もなかったはず。そんなとき、本多君の激白は、図工の授業をすっかり放棄する程度の威力は持っていた。オルゴールを入れる木の箱を彫る工作が最終工程に入っていたのだが、先生の目を盗むようにして本多君が語り始めた。今、思い返しても、本多君は話が上手かった。怖い話を始めた稲川淳二のように、話に抑揚があった。エッチしてた、と話せば終わるところを、ゆっくりと話を進めていく。本多君は僕たちを落ち着かせてから、静かに語り始めた。確かこんな感じだった。彫刻刀で箱を彫る音が図工室にけたたましく響いている。

「こないだの土曜日なんだけど、ちょうど野球の練習試合があったから、その日は夕方くらいに家に帰って、ファミコンもせずに寝てしまったんだよね。起きたのは夜8時すぎだったかな。親は僕が起きるのを待ってくれていて、いつもより遅めのご飯を食べて、お風呂に入って寝ようとしたんだけど、ほら、さっきあれだけ寝たものだから、そんなに眠くないわけ。ちょっとだけファミコンやっちゃおうかな、って、そーっと部屋の電気をつけて、ファミコンを始めたら、すぐさま親がやって来て、もう寝なさい、って怒られたのね。素直に布団に入ったんだけど、ちっとも寝られやしない。たぶんもう11時くらいだったのかな。そんなに行きたくもないけど、おしっこに行ったのね」
「ボットン便所!」
「うるせー。そしたら、なんかガタガタっていうか、ギシギシっていうか、揺れるような音がしたんだよ。ほら、学校の前の道って、大きなトラックが通るでしょ、あれ、結構、夜中も通るからそれかなって思ったんだけど、なんか音のする方向が違う。二人の寝室のほうに向かうとやっぱりそっちのほうから聞こえる。なんか、声が聞こえてきたんだよね」
「お—。んで、んで、どういう感じ、どういう感じ」
「開けられるわけねぇじゃん。やばいって、それは。あんな声聞いちゃったら」
「どんな声か、やってみろよ」
背が低かったこともあったのか、何かといじられやすかった本多君は素直に「オオオオーン」「アアアアーン」みたいな謎めいた雄叫びをあげて爆笑をさらった。さすがに図工の先生がこちらの騒ぎを見つけて、僕らのことを叱りつけた。

彫り終えた木箱のフタの裏側に、オルゴールを貼り付けて完成となるわけだが、自分の好きなメロディを選べるわけではなく、全員が「エーデルワイス」だった。オルゴールを貼り付けると、みんな嬉しくなってフタを開け閉めするもんだから、そこらじゅうで「エーデルワイス」が鳴る。僕たちは、もちろん、そのメロディに乗せて「オーオーオーン♪ アーアーアーン♪」で本多君の声を真似るのだった。それからしばらくして、お昼の校内放送で「エーデルワイス」が流れると、わざわざ別のクラスから本多君のところに向かう同級生の姿が見えたから、おそらく学年全体の男子に本多君が「見た」事実が伝わっていたのだろう。

当然、その後で本多君の家に遊びに行くと、これまでとは違った緊張感が生まれる。トイレに行くと、斜め前に夫婦の寝室らしき部屋が見える。空気の入れ替えをしているのか、ドアが開いていて、奥にこぢんまりとしたダブルベッドが見える。「やる」の詳細を知らないから、音の発生というか声の発生の詳細を掴めていないのだが、そうかここが現場かと、冷静に見渡すことは出来る。いつも通り、飲み物をトレーに載せて、愛想のいいお母さんが入ってくる。一緒に遊びに行っていた悪友が、お母さんが入ってきたタイミングで「オーオーオーン♪」とか歌い出すものだから、本多君はさすがに怒ってしまった。何が起きたか分からないお母さんはポカンとしているが、説明できるものはいない。「オーオーオーン♪ アーアーアーン♪」「マジで、ふざけんなよな!」「えっ、どうしたの?」

小学校高学年くらいだと、「弟・妹が生まれた」という友だちが少しはいて、生まれるとはどういうことかをうっすら知っている僕たちは、証人喚問というか、取調室というか、どこかに連れ出して「見たのかよ」と聞くのが通例になっていた。「やってた」と激白した後の本多君の扱いを知っていたからなのか、「おお、見たんだよ」と続ける人は少なかったが、具体的な姿を見てしまった人と見ていない人では、その後に得る知識の具体性が異なっていたはず。お笑い芸人が地方の営業先で同じネタを披露して笑いを得るように、本多君もクラスを横断する行事や授業のときには「野球の練習試合があった日なんだけど……」と持ちネタを披露していたらしく、それを知って妙にイライラしたのだが、気づけば本多君のランクというか、クラスにおけるポジションはうっすら上昇していた。「やってるのを見た」というのは、それくらいのインパクトを持っていたし、本多君はそれを活用する利点に途中から気づいていた。

*   *   *

「見たことないけど」 益田ミリ

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--- - 益田 ミリ - 武田 砂鉄
河出書房新社
2017-01-25

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10代の性の知識は自由、かつ大胆不敵。イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で妄想と憧れの日々を描きます。修学旅行の夜、プールの授業、授業中の手紙、夏休みの遭遇……。あの頃、同じ教室にいた男子は、女子は、...もっと読む

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コメント

0501Can #益田ミリ @takedasatetsu @cakes_PR #せいのめざめ #性の目覚め 3年以上前 replyretweetfavorite

pkclb 擬人化された男性が超おもしろ。。自分も授業中に手紙回してたけど、こんなお洒落な内容ではなかったわ。。 3年以上前 replyretweetfavorite

komachibypass "「こないだの土曜日なんだけど、ちょうど野球の練習試合があったから、その日は夕方くらいに家に帰って、ファミコンもせずに寝てしま..." https://t.co/R4ezZWTatV https://t.co/9iAib5tsXD #highlite 3年以上前 replyretweetfavorite