錬金

世界を変えるのはいつだって無謀なバカ

1978年の秋葉原にタイムスリップした俺は、ビルの屋上でへんな男に遭遇した。工事現場用の白いヘルメットをかぶり、背中に巨大なプロペラを背負っている。一目でわかった。個人乗りのヘリコプターで、いまから飛び立とうとしているバカだ。「よっしゃ、今から飛ぶで」と屋上から飛び降りたそいつが西島和彦だった――。
ホリエモンが贈る、感動のタイムスリップ青春小説!書籍『錬金』を、発売に先駆け特別先行掲載いたします。

第2章 型破り

1978

 数秒か、数時間か。どれぐらい飛んでいるのか、わからなかった。

 時間という概念が、意識の中から消えていた。

 どのぐらい、そこにいるのか、自覚できない。

 空を飛んでいるようでもあり、深い海の底を泳いでいるようでもあった。

 宙を浮いているのか、液体に沈んでいるのか。

 波なのか風なのかよくわからない、圧倒的な大きなものに身体が包まれている。

 腕も足も動かせる。でも自分の意思で漕いでいるというより、運ばれているようだ。

 目の前を、すごいスピードで景色が過ぎている。

 すべて俺が過去に見たビジョンだ。

 オッサンや由里子、杉作くんなど、これまで出会ってきた人たち。

 収監されたN刑務所、ネクサスドア時代、ボロアパート暮らし、学生時代、そして子どもの頃……記憶に残っている無数の景色が帯になって、通り過ぎていく。

 スマホのアルバムをスライドタッチして、写真を弾いて流したような眺めだ。

 風はない。でも音がする。

 ずっと音が聞こえる。それはリズムだった。

 サンバに近い、躍動的な拍だ。俺の鼓動と同期して、気持ちが高ぶっていく。

 俺は、地球の“遊び”の音だと思った。

 厳密な時間の律のなかに、隠しコマンドのように仕掛けられた、タイムスリップの空間にだけ流れているBGMだ。

 タイムスリップの経験者──タイムトラベラーと言われた人物たちも、この音を聞いたのだろうか。

 1960年にセスナ機で飛行中、1932年に飛んでいたレアード複葉機と衝突しかけたジョン・ウォール。

 自分は2036年から来たと公表し、コンピューターの2000年問題を解決したあと姿を消したというジョン・タイター。

 未来から持って来たカメラで風景を撮り、光の反射など、細密な一瞬をキャンバスに描きとめたという17世紀の画家ヨハネス・フェルメール。

 真偽はともかく、タイムトラベルの経験者は、公式な記録にいくつか残っている。

 タイムスリップの先輩たち、いや後輩になるのか? まあ、どっちでもいい。

 彼らに尋ねてみたい。この音を、この感覚を言葉にしたら、どう表現する?

 どんなことも、体験してみないとわからないというけれど、タイムスリップほど体験した者じゃないと絶対わからないものは、ないと思った。

 時間の意識から解き放され、遠くから近くから聞こえてくる未知のリズムと、心地のいい浮遊感に、力を抜いて身を委ねていた。

 ふと、視界の上の方に光が射した。

 その光が粒子から次第に束になり、半球状の立体に姿を変えた。

 立体の断面に、俺は頭から吸いこまれた。

西島和彦

 気づくと、太陽が真上にあった。

 俺は、どこかの建物の屋上にうずくまっていた。

「うまく……いったのか?」

 タイムスリップしたヤツは、やっぱりうずくまって転送されるんだなと、変なことを発見した。『ターミネーター』は正解だったわけだ。

 周りを見渡した。俺がいるのは4~5階建てぐらいのビルだった。

 少し離れたところに何棟か5階以上の高いビルが建っている。高層ビルは、ほとんど見かけない。

 大きく息を吸うと、空気は澄んでいるようだ。

「うまくいってるなら、ここは秋葉原のはずだけど」

 俺のすぐ横に、スマホが落ちていた。タイムスリップの起動装置は、自動的に転送される仕組みになっているらしい。そうだよな。じゃないと元の世界に戻れない。

 時計を見ると、『1978年』と表示されていた。

 うまくいったようだ。

 ポケットを探ると、財布があった。金も入っている。全部、旧札と旧コインに切り替わっていた。オッサンがもしものときのために持っていけと言っていたパスポートも、旧式のタイプに変わっている。タイムスリップ上の自動的な変更ルールらしい。スマホは起動装置だから特別として、未来の物は一切、過去には持ちこめないのだろう。

 金があれば少しは安心できる。まずは西島たちを探そう。

 と思った瞬間、怒鳴り声がした。

「おい、そこのお前!!」

 ギョッとして、声の方向を見た。

 屋上の欄干のそばに、若い男が立っていた。工事現場用のでかい白ヘルメットを被っている。

 ランドセルみたいな箱形ケースを背負っていた。

 ケースの上部に巨大なプロペラが伸びていて、男の頭上を覆っている。

 両手に分離型のコントローラーを持っていた。男の足下には、ケーブルやコードが無造作にからまった、手づくりらしきコンピューターが置いてあった。

 パッと見ただけでわかる。

 個人乗りのヘリコプターで、今から飛び立とうとしているバカだ。

「ちょっと手伝うてや! こいつ動かすのに、ひとりじゃ無理やねん!」

 なめらかな関西弁には、有無を言わさない圧力があった。

「な、何やってんだ、あんた」

「見てわからへんか。空を飛ぶ以外に何しようって言うねん。こんな装備整えて、そこまで散歩ですわっていうほうが、頭おかしいやろ」

 初対面で何だ? その口の利き方は。

 男がなめらかに続ける。

「あー先に言うとくけどな。頭おかしいんですか? っちゅうツッコミは飽きてるから、言わんでええぞ。そんなんウチの古畑や成田にさんざん聞かされとる」

 えっ? こいつはもしかして。

「あんた西島和彦、さん……?」

「おお、知り合いやったら話は早い。俺はお前を全然知らんけど」

 と言って西島は、ヘルメットを取った。長い髪を、手でわしゃわしゃと広げた。

 頬がこけ、鼻梁の通った、浅黒い精悍な顔立ちだ。並びのいい真っ白の歯が、笑顔を際立たせた。太い眉は、きりっと10時10分の角度に決まっている。この時代にはたぶん珍しい、きれいな二重の両目が印象的だった。

 男の俺が言うのも何だが、かなりの二枚目だ。

 雑誌モデルをやっていた、若い頃の阿部寛に似ている。

「アーキテクトの社長の西島や。どっかで会ってたらすまんけど完璧に忘れてるわ。お前は誰や?」

 21歳の西島和彦と、時間を超えた最初の出会いだった。

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コメント

kenchang_desu https://t.co/dqVIMWgQ3I 3年以上前 replyretweetfavorite

justin999_ 個人ヘリを1978年にとばすのはなかなかスリリング 3年以上前 replyretweetfavorite

gakugei_tokuma 堀江貴文さんタイムスリップ青春小説『錬金』発売間近です!特別先行連載の第7回更新。のちにマクロソフトを世界のトップカンパニーにする西島和彦は破天荒そのもの。秋葉原のビル屋上から自家製プロペラ機で飛びます。 https://t.co/NXlycDnguW  @takapon_jp 3年以上前 replyretweetfavorite