せいのめざめ

修学旅行の夜/愛ってなに

イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で描く妄想と憧れの日々。誰もが振り返ればそこにある、まぶしくて奇妙で、もやもやしていた頃を描いた『せいのめざめ』第三回は、武田砂鉄さんの「修学旅行の夜」と益田ミリさんの「愛ってなに」をお届けします!

「修学旅行の夜」 武田砂鉄

修学旅行の夜って残酷で、イケてる男子はイケてる女子の部屋に遊びに行く。或いは、イケてる女子がイケてる男子の部屋に遊びに来ることもある。そうではない男女には何も起きない。

隣室に女子がやって来たのは消灯時間をとっくに過ぎた10時くらいで、たぶんトランプだかUNOだかが始まったらしく、数分に一度ドッと盛り上がる声の中に、黄色い声がいくつか混じっているのがうっすら分かる。こちらの部屋といえば、二段ベッドの下段に四人くらい集まって、そのうちの一人が持ってきたエロ本を凝視している状態。壁を一枚隔てたところで繰り広げられている「ふしだら」とは質の異なる「ふしだら」をそれなりに堪能していた。見開きページに並んだ四人のうち、誰となら付き合ってもいいか、みたいな議題を飽きもせずに提示しては、偉そうな条件をつけてほとんどの女性を認めない、という愚かな夜を過ごしていた。

もう夜も遅いのだし、そのまま寝てしまえばいいところを、みんなで一冊のエロ本に集中したのは、このまま消灯してしまえば、隣の盛り上がりを聞きながら寝付くこととなり、それはさすがに屈辱だったから。「でっけー」「うひょー」「やりてー」みたいな小声を繰り返すことで、隣室から漏れてくる「○○クン、それはずるいよー」などを必死に消していた。

消灯後には先生の見回りがあり、その気配を察知しては電気を消し、寝静まった風を装うのが基本。それぞれのベッドにもぐりこむまでは数秒とかからないし、エロ本さえバレなければ、多少おしゃべりが続いていたってたいしたお咎めはない。先生が心配しているのは夜更かしではなく不純異性交遊だから。いざ、先生が見回りにやって来ると、数秒で寝静まった風を装うまでには至らず、つまらないコントのようにベッドの角に小指をぶつけるような奴もいて、「おい、おまえら何時だと思っているんだ!」と、一通り叱られた。しかし、先生の頭の中には、問題はこの部屋ではなく、本丸は隣の部屋、女子が遊びに来ている可能性があるとすれば隣だろう、との読みがあったはず。先生はすぐに出て行く。本丸への調査に意識を高めている。僕たちはすぐに同じ態勢に戻り、エロ本を開いた。

先生は失敗を犯した。こちらの部屋で響いた先生の声を察知した隣の部屋は、すっかり静まっている。動向が気になるものだから、再びエロ本を読みふけり始めた四人組も同様に静まる。どうも、壁のすぐ向こうに、人のいる気配がある。自分たちの部屋と同じレイアウトだと考えると、このベッドの向こうは、座布団や予備の枕が詰め込まれている押し入れがあるはず。先生にバレないように、そこに女子たちが逃げ込んでいるのだろう。
「おい、オマエら〜」とうっすら先生の声が聞こえる。怒鳴っているわけではないから、女子が隠れていることがバレたわけではなさそうだ。詳しくは聞こえないものの、早く寝ろとか、そんな程度だ。

うつぶせになりエロ本を眺めていた僕たち。目の前には女のヌードが並んでいて、壁のすぐ向こうには、女子たちが身を屈めている。こういう瞬間に同じことを思えるのを友情と呼ぶが、僕たちは誰からともなく、壁を小さくノックしてみようと思い立った。
「トン」と一回叩く。4、5秒たった後に、「トン」と返ってきた。声に出さずにはにかむ僕たち。もう一回「トン」と叩くと、すぐに「トン」と返ってきた。次に「トントン」と叩くと瞬時に「トントン」と返ってきた。再確認しよう。目の前には女のヌード、そして、壁を隔てたすぐそこには女子がいる。誰からともなく「やべーよ」と漏れ、「ああ、やべーよ」と反芻した。何のひねりもなく「勃ってる」と報告する者もいた。でも、それを笑う者はいなかった。そうなるだけの特別な事態だと思った。やがて隣の部屋からは再び賑やかな声が漏れ始めたのだが、あっちに比べてこっちの部屋は悲惨、という感覚は薄まり、この修学旅行の夜は、特別な夜になったという共有に満ちていた。

次の日の夕食の時間、普段さほど交流の無い、違うクラスのイケてる男子が僕たちのテーブルにやって来て、小声で話しかけてくる。「昨日、トントンって壁を叩いてたのオマエらだろ? 返したのオレだよ。マジでウケたよなー、あれ」。箸を運ぶ全員の手が止まった。えっ、どういうこと。事情聴取が始まる。話を整理するとこうだ。

彼は別の部屋からただ一人、その部屋に遊びに来てババ抜きをやっていた。別途、女子たちが三人、遊びに来ていた。僕たちの部屋に先生が見回りに来たことを察知した彼は、女子たちに隠れるように指示を出した。とはいえ、自分も隠れないとマズいし、押し入れに四人も隠れるほどのスペースはない。彼と一人の女子が押し入れに、残り二人は男子の布団に小さく丸まって隠れたところ、見事にバレなかった、という。僕たちのテーブルは大げさに「それマジ超奇跡じゃん」とか言って、興奮した素振りを見せた。

彼が去った後、僕らのテーブルは一瞬にしてお通夜の後の会食のように静まった。「勃ってる」とまで報告してくれた一人を見ると、明後日の方向を見て、ぼーっとしている。「女のヌードを見ながら女子と『トントン』しながらコミュニケーションをはかっていた夜」は、「女のヌードを見ながら、女子と押し入れに逃げ込んだ男子と『トントン』し、それを女子だと勘違いしていて興奮しちゃってた夜」に大幅に格下げされた。しかも、僕たちと同じあのベッドに、女子が小さく丸まって入ったのだという。

その日は、蟹の甲羅にグラタンを入れた蟹グラタンが出ていて、しばらく蟹を見る度にあの屈辱を思い出したし、実のところ、20年近く経った今でも蟹をきっかけに思い出すことがある。食事の後に続いたオリエンテーションの内容は、もちろん一切覚えていない。

*   *   *


「愛ってなに」 益田ミリ

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--- - 益田 ミリ - 武田 砂鉄
河出書房新社
2017-01-25

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益田ミリ /武田砂鉄

10代の性の知識は自由、かつ大胆不敵。イラストレーター益田ミリと、ライター武田砂鉄が、♂・♀それぞれの立場で妄想と憧れの日々を描きます。修学旅行の夜、プールの授業、授業中の手紙、夏休みの遭遇……。あの頃、同じ教室にいた男子は、女子は、...もっと読む

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broccoryman うっ…てなった 約2ヶ月前 replyretweetfavorite