【くるみ】
広告代理店H勤務の涼介とは、2ヶ月前、友人に誘われた合コンで出会った。
1歳年下という事前情報を聞いて、年上好きのくるみは少しげんなりしたものだが、有名企業である代理店Hとは一度飲み会をしてみたかったので、「行く!」とふたつ返事で参加した。
指定されたお店は渋谷のチェーン居酒屋。とはいっても内装は凝っていて京都の庭を思わせる良い雰囲気のお店だった。
時間になると、男性陣は4人揃って個室に入ってきた。
ちょっと前に既にそろっていた女子メンバー。くるみは「こんばんは」といつものようにモナリザの微笑みで先方を迎えた。
全員そこそこハンサムだったが、一番最後に入ってきた男がくるみのドストライクで、それが涼介だった。
涼介に一目惚れしたくるみは、いつも以上に熱意をもって涼介の興味が自分に向くようにしむけた。そして次の日、狙い通りに涼介からデートに誘われたのだった。
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くるみが合コンに参加するのは、合コン自体を純粋に楽しむという目的もあるが、同時にその後に男とデートをするためでもあった。女子会なんてするより、男と二人で飲みに行く方がずっとわくわくする。同性の友達なんてほんの一握りでじゅうぶん。暇な時間は男と過ごしたい。
後日、涼介がその日の合コンで会った他の女子も飲みに誘っていたことを、合コンのメンツから聞いて知った。本来なら1回の合コンで複数の女子を誘うなんてルール違反で嫌うところだが、涼介はくるみのタイプだったゆえに、そのルール違反を知りながら涼介の誘いに乗った。
二人きりで会ってしまえばくるみのコミュニケーションスキルを持ってオトせない男はいない。
涼介も例外ではなかった。
お店で合流し、相手に向かって少し微笑む。ドリンクとフードをオーダーし、他愛もない会話を始める。相手がグラスを手に取るタイミング同じタイミングで、くるみもグラスを手に取る。相手の表情を真似する。相槌にメリハリを付けて少しオーバーに驚いてみせる。自分の顔が可愛いく見える角度、くるみの場合は左側をなるべく相手に見せるようにする。
相手のグラスの残りを気にかけて次のドリンクをオーダーするタイミングを伺う。くるみのふわふわしている外見からは想像ができないほど仕事について熱く語る。ふと目があった時に少しはにかんで顔の角度を斜め下にする。
どんな啓発本にも劣らないテクニックを、くるみは実践で身につけてきた。男に愛されることが私の喜び。たとえ表面的にでもいい、男から高い評価を得たい、その一心で相手のリアクションの微細なところまでを観察し、研究してきた。
その過程でくるみが学んだのは、巷に溢れている啓発本をそっくりそのまま真似しただけでは、逆効果になる場合があるということだ。まずは自分がどういうキャラなのか見極め、そのキャラにあったテクニックだけを使うことが大切だ。自分のキャラに合っていないテクニックまで使ってしまうと、結果的に全く魅力的に見えないことがあるのだ。
自分が何かアクションをしたら相手からのリアクションをすぐさま観察し、その経験値をためて研究、実践すること。これが遠回りのようで一番近い、モテに最適化するための方法である。
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涼介との初デートでも、開始1時間で完全に彼の心をつかんだ感触があった。3秒見つめ合い、照れながら一度視線を外し、さらに見つめ合う。彼が微笑んだとき、くるみは確信した。
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