スクエアフットガーデン
冬の農閑期、私は、動画サイトで欧米の菜園家の野菜作りを見るのに夢中だった。
言っていることはわからなくても、同志であることは間違いない。
「ふむふむ」だの「ほ~」だの感心しながら、異国の野菜づくりを見続けたのだ。そして、「これはまねしたい!」という、すてきなアイデアに出合ったのである。
「今年はスクエアフットガーデンで野菜を作るよ!」
夫は、また始まったかという顔で、「それはいったい何ですか?」と聞いた。
「レイズドベッドで、スクエアフットガーデンだよ。これを見ればわかるから」
夫をパソコンの前にすわらせると、お気に入りに登録しておいた動画を見せた。
そこには、アメリカの、とある家の庭が映っていた。その一角に、木枠で四角く囲んで土を盛った、上げ床(raised bed)の畑が作ってある。内部はロープでいくつかの区画に分けられ、それぞれ違う野菜が植えられていた。
その畑の前に、ビキニを着た幼い女の子が立って、ポーズを決めてこう言うのだ。
「This is our square foot garden!」
そして、何がどこに植えてあるのか、カメラに向かって一生懸命紹介していた。
「こうやって囲みを作って、その中に野菜を少しずつ多種類植えるんだよ。それで私も彼女みたいにやっちゃうわけ。This is our square foot garden!」
「ビキニ着て?」夫が不快そうに聞く。
「いや、それは着ないけどさ」
「こんな囲い、意味ないよ」
「いやいや、これはすばらしいアイデアだよ。雨が降っても、囲っておけば土が流れていかないんだから。せっかくあなたが耕した土を、私は守りたいんだよ」
ここはうまく丸め込まなければ。実際に上げ床を作るのは夫なのだから。
土が足りない
週末、私たちはホームセンターで米杉材を買い、畑へ運びこんだ。
「また金をかけて、何を買ってきたんだ?」
向かいのイギリス人、ミスターBがあきれて言う。
「まあ見てなさいよ。すごいもの、作っちゃうから」
私はワクワクしていたが、夫はニコリともせず、ハーブガーデンの脇に、180×90㎝のベッドをあっというまに作った。
早いのも当然だ。「どうせすぐに飽きるから、解体しやすいようにしておく」と、釘は使わずに、外側に杭を打っただけだった。
よく見れば、前々回の「牛ふんのベッド」とまったく同じ作りです。手抜きにもほどがあります。
「中の土がいっぱいになれば、木枠は自然と安定するよ」
「よしよし、それでいいよ。あとは自分でやるから」めずらしく自らクワをふるい、私は囲いの中を耕した。ところが、
「おかしいな。土がぜんぜん足りないよ」
「そりゃあそうでしょ。上げ床になって高さが出たんだから、そこにあった土だけで足りるわけがない」夫はケラケラと笑った。
「じゃあ、ほかの畝からもらうね」
「ダメだよ!」夫が怒り出す。
「だったら、隣の畑から盗むしかないんだよ。どうするの!」
私はふてくされて囲いの中に立っていたが、やがて妙案を思いついた。
なんのことはない、ホームセンターで園芸用培養土を数袋買ってきて、囲いの中に投入したのである。おまけに、冬に長野で買っておいた“そば殻堆肥”も大量に加えてカサ増しした。おかげで土は、フカフカを通り越して、カッサカサだ。
それでも私は大満足で、その上げ床畑にひもをはり、12分割した。そして区画ごとに、ラディッシュやミニキャロット、ホウレンソウなどのタネをまき、ワサビ菜やミニトマトなどの苗を植えたのだ。
まいたタネが芽を出したころです。すでに大きく育っているのは、苗を植えた野菜です。
囲みたい症候群
その春、私はどういうわけか、畑を囲みたくてたまらなかった。
スクエアフットガーデンを作る前、ルバーブとアスパラガスを植えたエリアも、それぞれ囲んだ。
一度植えたら何年も収穫できると聞き、囲めば、冬でもそこに彼らがいることが一目でわかると考えたのだ。
ルバーブはタデ科。フキに似ていますが、フキはキク科です。
「囲みたい症候群だね」と夫が言う。
「うん。2度めだね」と私も認めるしかない。
畑を借りて間もないころ、私は、自分の区画全体を塀で囲みたくてたまらなかったのだ。農園の人づきあいが不安で、塀に守られたかったのである。
ある日、畑の中に人が歩いた形跡を発見すると、その思いは頂点に達した。
「だれかが私の畑の中を通っていったんだ。どうしよう」
「立ち入り禁止」と看板を立てるのも角が立つ。悩んだすえ、私はこの上ない解決策をひらめいた。区画の中央に作った十字路の入り口4か所に、花を植えたのである。
「私を踏み越えないでね」と、花の愛らしさを借りて表現してみたのだ。本心はもちろん、「この先入るな」なのだが。
駅のトイレによくある、「きれいに使っていただいて、ありがとうございます」という貼り紙と同じだ。真意は「汚すなよ」なのだが、優しい感謝の言葉で人の良心に訴えかけ、その気にさせる作戦だ。
後方に植えてある花が、私の防御壁です。これになんの意味があるのか、今見るとバカバカしいです。
その翌日、花に守られた区画で作業をしていると、背後に何やら気配を感じた。はっとふりむくと、ちょうど花の前に農園のメンバーが立っていた。
「かわいいお花を植えたんですね」
「は、はぁ」
と笑ってみせたのだが、あとが続かない。まさか、「そこから人が入ってこないように、花を植えてバリアにしてるんです」とは言えない。
思わず出た言葉が、我ながらすばらしかった。
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