ヒットの理由は、うつ経験者以外に届いたこと
—— ご自身のうつ病脱出体験をベースに、うつ病からの脱出に成功した人たちを描いた『うつヌケ』ですが、どんな人が購入されているのでしょうか。
田中圭一(以下、田中) 読者からいただく感想やレビューを見ていると、まずは「うつの当事者・経験者」の人ですね。「うつの渦中にいる人は、本を読まない」ということは経験上分かっていたので、うつで苦しんでいる人が手にとってくれるかは書籍化にあたっての懸念事項でした。 かつて、うつを題材にしてヒットした作品に『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)がありますが、あの作品は「本人」ではなくて、「ツレ」だったからよかったと思うんです。
『うつヌケ』の作者・田中圭一さん
—— ツレという「ワンクッション」があるからこそ、読みやすかったわけですね。
田中 そうなんです。『うつヌケ』でも、他人の体験談をマンガ化することで、読者があくまで「読み物」として距離をとった上で読めることを意識したのがよかったようです。 さらに、「うつ未経験者」や「うつの周りの人」もたくさん買ってくれています。「うつの人の気持ちがよく分かった」、「あの時の自分はうつになりかかっていたんだ」という感想もいただいていて、うつ未経験者が「うつを理解する」素材として広まっているようなので、描いて本当によかったと思っています。
—— 僕自身は「うつなりにくいタイプ」と思っていたのですが、『うつヌケ』を読んで、「今考えると、やたらと眠かったり、妙に頻繁に飲んでいたあの時は、実はうつっぽくなっていたのかも」と気づきました。あの状況が続いていたら、うつになっていたかもしれないと、今なら思えますね。
田中 加藤さんのような、「今後のうつ予防」的な読み方も大歓迎です! あと「人に薦めたい」という感想をいただくことも多いです。
—— 内容はもちろんのこと、このピンク色の優しい表紙は苦しんでいる人に渡しても受け入れてくれる雰囲気がありますね。
田中 僕は昔、アスキー・メディアワークスの電撃マオウ・飯島編集長に「僕の本は最高で10万部しか売れていません。どうしたら30万部売れますか」と聞いたところ、「10万人が周囲の2人に薦めたくなる本。それが30万部売れる本だ」と言われました。なので、『うつヌケ』の「人に薦めたくなる」という感想には、今後の売上増への期待を感じています。
—— 昔、僕が編集を担当した『もしドラ』も、プレゼント需要で伸びました。「本を買うこと」が“マイナーな趣味”になっている今、そうした購買動機がないと、なかなか大ヒットにはつながりませんね。
田中 『うつヌケ』に関しては、僕のことを全く知らない人がどんどん買ってくれています。「『うつヌケ』が面白かったから、田中圭一の他の作品も読んでみよう」と、『Gのサムライ』を手にとった人は、作風の違いにびっくりしたでしょうね(笑)。
『うつヌケ』は“うつあるある”の宝庫
—— うつになったことがない人も、なりかけの人も、うつを「仮想体験」することで、うつへの理解が進むことが、『うつヌケ』の魅力です。 そして、読者の理解度を格段に上げているのは、田中先生が取材内容から「うつあるある」をうまく抽出できているからだと思うんですが、そこはいかがですか。
田中 ありがとうございます! 「視界全体がくすんで見える」「ショッキングピンクが普通のピンクに見える」「活字が滑って、頭に入らない」「目的の駅で降りられず、乗り過ごす」……「うつあるある」って本当にたくさんあるんです。
©田中圭一/KADOKAWA
三谷幸喜さんが、「笑いで一番刺さるのはあるあるである」というようなことをおっしゃっていたように思うのですが、「笑い」に限らず「あるある」という共感って、人との距離が縮まるものです。そもそも「うつヌケ」の体験自体が、うつ経験者には「あるある」なんですよね。
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