—— 田中先生、ごぶさたしております。『うつヌケ』の単行本、発売おめでとうございます。
田中圭一(以下、田中) ありがとうございます。
—— 売り上げ、すごく好調のようですね。すばらしい。
菊地(KADOKAWA書籍担当編集) 嬉しいことに、多くの人に買っていただいているんです。事前の反響のおかげで、発売前からAmazonでの事前予約が数千冊ありました。
—— それはすごい!
左:KADOKAWA書籍担当編集・菊地さん/右:田中圭一さん
菊地 発売日に即重版、翌週には、さらに増刷が決まって、発売から1ヶ月たたないうちに4刷累計5万部という、とても幸先のよいスタートが切れました。
—— この本、noteで連載してくださっているときに全部読んでいて、あらためて、全部読み返しましたけど、やっぱりおもしろいですもんね。病気の話って暗くなりがちなのに、内容がおもしろいのがほんとにすごいと思います。
田中 ありがとうございます。自分自身の体験もそうですが、大槻ケンヂさん、代々木忠さんなど多くの方にご協力をいただいたのが大きいですね。
—— 総勢で17人の方々がうつ病から脱出した時のお話が描かれていて、医者に行った人もいれば、行かなかった人もいるし、うつ脱出方法も人それぞれ違っている。マンガとしておもしろいですし、処方箋もある。おもしろくて役に立つ本ですよね。
出版社とnoteのタッグで始まった、新しい連載のかたち
—— あらためて、『うつヌケ』の連載が始まった経緯をうかがっていいですか?
田中 最初はTwitterなんです。「私、うつ病を脱出しました。これをマンガにしたいのでどなたか一緒に組んでくれる編集者さんを募集します」とつぶやいたところ、30分もかからないうちにKADOKAWAの編集者・金子さんから「うちでぜひ!」とのご連絡をいただきました。 そこで、デジタル小説誌「文芸カドカワ」に載せたいとの打診をいただいたのですが、実は提示してもらった原稿料が、僕が経費等を考慮して設定している金額に満たなくて……。
—— アシスタント料や取材費など、マンガを描くのにはお金がかかるから、一定以上の原稿料がないと制作費だけで赤字になってしまいますよね。マンガ誌は特別ですが、それ以外の雑誌やウェブサイトは、そこまで原稿料が高くないのが普通ですし。
田中 そうなんです。それで一度は諦めそうになったところに、noteの運営会社の代表の加藤さんからご連絡をいただき、結果的にnoteと「文芸カドカワ」の両方に掲載し、noteは一話ごとに販売する「話売り」をし、単行本はKADOKAWAから出版というかたちになりました。
—— そうです。KADOKAWAの金子さんと話し合って、制作費に足りない分の原稿料の売上をnoteで最低保証したんですよね。noteと出版社がタッグを組んで、それぞれが違う経路で読者にコンテンツを届ける、新しい取り組みになりました。
田中 心配していたお金の面も、noteからの売り上げと「文芸カドカワ」の原稿料を合わせることでクリアすることができ、無事連載を始めることができました。
noteでの連載が、最大の宣伝となった
—— 連載がはじまって、ネットでもすごく盛り上がりましたよね。1話目のアクセス数は10万ページビューを超えました。
田中 毎回、数千部売れて、外資系OL・ずんずんさんとの対談記事がcakesに掲載された時には、購読者がさらに1000人ほど増えました。
菊地 そして単行本の発売日が決まったときには、Amazonの事前予約が一気に入ったんです。
—— 単行本の発売前に、ここまで注目を集めることができたのはすごいことですよね。宣伝も結構されたのでしょうか?
菊地 まず田中先生が、昨年末に本の表紙の画像をSNSにあげて、発売告知をしてくださいました。すると、Amazonの順位が数十万位から一気に300位くらいまでランクアップしました。
—— 田中先生、Twitterフォロワー6万人超えですもんね。
菊地 その後も、時事通信さんやカルチャーサイトのCINRAさんをはじめ、いくつかの媒体が記事にしてくださいました。
—— そこは『うつヌケ』という作品の力ですよね。だっておもしろいですもんね。
田中 ありがとうございます。大槻ケンヂさん、内田樹さん、宮内悠介さんのファンの方々が拡散してくださったりもしたので、有名人の方に登場してもらった効果は大きかったですね。
菊地 そうしたいくつかの宣伝のおかげで、発売前にはAmazonで100位以内に入りました。
田中 でも、Amazonの事前予約がここまで伸びた一番の理由は、noteでずっと連載していたのが大きいですね。発売後に「待ってました!」と言ってくれる人が多かったんです。noteでも1話100円で買って読めるけど、それでも「モノとして」パッケージされた紙の本を欲しいと思ってくれた人が大勢いたわけです。
—— いい本って、ネットとかですでに読んでいたとしても、やっぱりモノとして欲しくなるんですよね。大ベストセラーの『嫌われる勇気』もcakes上に全部掲載されているのですが、書店でしっかり売れていますからね。
noteの売上があったから、できたこと
田中 noteで連載をして一番よかったことは、単行本発売前にすでに売上と利益が出ていたこと。極端なことを言えば、仮に単行本が1冊も売れなかったとしても、黒字でした。本の発売前に制作費を回収できたことは、マンガ家にとっての1つの成功例だと思います。
—— 読んでくれる人が毎回数千人いたというのはすごいことですよね。noteは、購入されるごとにクリエイターに「あなたのノートが購入されました」というお知らせメールが届くのが基本設定になっているのですが、数千人もいたら受信ボックスがいっぱいになってしまいますね。お知らせメールの設定をオフにされてます?
田中 あえてしてません(笑)。毎月10日にまとめて受けとるのですが、その日はメール新着通知が鳴り止まないのが、一つの楽しみでしたね。
—— 売り上げ通知の上手な活用法ですね(笑)。買ってくれる人の姿が可視化されるのは嬉しいですよね。noteで作品を売る上では、何か工夫をされたことはありますか?
田中 noteは、1ページ目だけが無料で読める仕様ですよね。連載開始当初は、そのまま1ページ目を見せていたのですが、途中から本編のダイジェストに変更しました。すると、販促効果は絶大でしたね。
菊地 しかも、田中先生はそのカラーのダイジェスト画像を、TwitterやFacebookのサムネイル画像にも使用していたので、SNSでも『うつヌケ』の概要をうまく伝えられていたと思います。
田中 あと、『うつヌケ』は連載時から白黒版とカラー版、2パターンの原稿を用意して進めていました。白黒版は書籍化用で、フルカラー版はnoteと電子書籍用です。カラー化ができたのもnoteで売上が出ていたおかげなんです。単行本の発売と同時に電子書籍も発売できました。
菊地 同時発売することで、結果的に発売直後のAmazonでの在庫切れ・重版待ち状態の時にもKindleで売上を伸ばすことになりました。
—— こうして振り返ると、ダイジェストページなど工夫をこらしてnoteで「話売り」をし、そこで売上げたお金を使って連載と並行でカラー化、最後は単行本と電子書籍を同時に売るという、画期的な販売モデルではないでしょうか。
菊地 書籍編集者目線で見ても、新しいマンガの作りかたであり、かつ成果も見事に出ていると思います。
田中 紙の雑誌が売れなくなってマンガ家さんが食えず、しかもウェブでは「マンガは無料で読むのが当たり前」という空気のせいでマネタイズが難しいと言われる今、『うつヌケ』の成功は他のマンガ家さんにとっても明るい兆しだと断言できます!
構成:山本隆太郎
次回「10万人が周囲の2人にすすめれば、30万人に届く」は2月22日公開予定
田中圭一さんのnote『うつヌケ 〜うつトンネルを抜けた人たち〜』は、こちら