赤坂のカエル

第12回】私はワンワン泣いた

博報堂を辞めフリーランスとして活動が軌道に乗り始めた中川さん。しかし、フリーというものはそんなに甘いものではなく、常に収入面での不安がつきまといます。そんな折、昔の仲間との忘年会に参加した中川さんは、ある思いを抱きます。涙無くしては読めない一夜のできごとです。

彼らとは違う世界へ行ってしまった

2001年12月、ようやく月収15万円を安定して稼げるようになった時、貧乏無名フリーランスの惨めさをとことん感じる出来事があった。それは、博報堂時代の先輩・Aさん(男)とPR会社のBさん(女)、新聞社のCさん(女)、Dさん(男)の5人で行う忘年会だ。Dさんとは初対面だったが、他の3人は一緒に仕事をしたこともある。

忘年会場は東京・西荻窪の「真砂」(2007年閉店)。漫画家の東海林さだおさん行きつけの店で、よく同氏のエッセイにも登場する名店である。ここはローストビーフが名物とのことで、幹事のCさんからは「楽しみにしといてね!」と言われていた。

西荻窪の北口から歩いて数分、ビルの2階に上がっていくと入口があり、奥には広い座敷があった。私が一番乗りで、東海林さんの本を読みながら待っていると、座敷の反対側のテーブルになんと東海林さんがいた。私自身、文章は椎名誠・東海林さだお・吉田豪の3氏を勝手に師匠扱いして、彼らの本を今でも読んでおり、その当時も熱心にこの3氏の文章を読んでいた。

そんなお師匠様が目の前にいる! なんという僥倖!!! これはこの本にサインしてもらうかアッー! などと思いつつも、もし邪険にされたらショックだろうなぁ、イヤだなぁ……なんて思いながらうじうじとしていたら全員集合。忘年会が開始した。東海林さんは、一人で酒を飲んでいた。週刊朝日の連載、『あれも食いたいこれも食いたい』で書いているように、鳥の唐揚げのカリッと揚がった部分を「よしよし」なんて言いながら食べてるのかなぁ、なんて勝手に想像しながら時々東海林さんの方を見ながら酒を飲んでいた。

この時は私が会社を辞めて以来初めてこのメンバー(初対面のD氏は除く)で飲むだけに、近況報告で盛り上がった。4人が喋っている話は、国内の一流企業の広報キャンペーンにいかに関わったかや、とある事件のスクープの裏事情など、華やかなものだらけだった。

この時、「あぁ、この人たちとは違う世界へ行ってしまった……」ということを思った。彼らはタクシー代がなかなか落ちなくなった話をしたり、大型の広告プレゼン案件でいかに勝利したかなどの話をした。億単位の話も時々出て、私など、15000円の原稿料を稼ぐのにヒーコラしているのとはまったく別次元の話だった。

そして話は私のところへ。皆が同じ感想を持ったようだ。次の二つの言葉は、会社を辞めてから幾度となく言われることになる。

「よく辞めたよなぁ」

「食っていけてるか?」

この二つだ。私は「最初は全然ダメでしたが、夏ぐらいからなんとかなっています。12月は多分20万円くらいは稼げるんじゃないですかねぇ」と言った。彼らの給与水準は分かっているだけに、少しだけ恥ずかしくなってしまった。もし、博報堂に残っていたら、この時はボーナス直後である。当時の基本給は25万円くらいだったため、3ヶ月分の75万円くらいはもらえたことだろう。給料も残業代込みで55万円くらいはもらえただろうから、合わせて額面で130万円である。

ローストビーフの味を覚えていないほど……

恥ずかしく、むずむずする気持ちを私は抱いていたものの、彼らは「それにしても頑張ってるよね。私だったら多分できないよ」「勇気あったなぁ」などとホメてくれる。いや、私はこの時点でかなり居心地が悪くなっていた。彼らは親切心をもってさまざまな質問をし、感想を述べているのは分かっている。私のことを大事だと思っているが故の激励であり、心配の発言をしているのも分かっている。

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中川淳一郎

ライター、編集者、PRプランナーとして『NEWSポストセブン』などのニュースサイトの編集を手がける中川淳一郎さんのエッセイ連載! 日本のウェブ業界で、強烈な存在感を放つ中川淳一郎は、いかにして中川淳一郎になったのか。その生き様を赤裸々...もっと読む

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コメント

trainer_sapporo 高額サラリーマンに対し(同業・同級生含む)卑屈になった事は無い。ただし、文中のサラリーマンの心遣い。僕からしたらコレは余計なお世話です。払わせるのも優しさ。 2年以上前 replyretweetfavorite

haruo31 「ここから先は有料になります!」と天本英世さんが言ったDIONのコマーシャルを思い出すくらいに良いところでカットされた記事。続きは読んでない。 http://t.co/Ii5RDzH42C 4年以上前 replyretweetfavorite

_KillBurN ええーハナシやわぁー。全くもってその通りやと思う。見習おう: 5年以上前 replyretweetfavorite

k_airyuu 大切なのは「仲間」なのだな。 5年以上前 replyretweetfavorite