最初は小さなきっかけなのかもしれない。
芝居が開演するとき、ブザーが鳴って会場が暗転する。
これから始まりますよ、と教えてくれる一番ワクワクする瞬間だ。
でも、人生が変わるときは、多分そんなにわかりやすくない。ブザーなんて鳴らない。だから怖がりながら、少しずつ少しずつ進んで、怖気付いてまた戻る。本当の人生はそんなもんだ。ユウカは手痛い失敗をいくつも繰り返していたから、期待はあまりしたくない。でも、期待しないと前には進めない。
そわそわした気持ちがしばらく続いて、あれが変わり目だったのかもしれないと後から気づく。きっとそんなものだ。
アキからの電話を切ると、ユウカはひとつため息をついた。
「高畑さん、私、仕事に行くね」
「今から? カウンセラーなのに夜に出勤なの?」
「うん、相手がね、仕事終わりじゃないと都合がつかなくて」
「……そう」
それから高畑は送らせてほしいと強く言ってきたのだが、ユウカは断って歩いて帰った。
(高畑に送られるところをアキに見られたら、何を言われるかわからない)
アキに急かされて一緒に車に乗り込み、お店に向かった。車の中では、アキは竜平とのノロケ話をしてきたが、ユウカは大げさな感じで相槌を打った。すこし気落ちをしていることをアキには悟られなくなかったからだ。
お店に着くと、さっそくママが1番テーブルを指定してきた。
「ユウカ、どうしたの? 顔色悪いけど」
「ん? だいじょうぶ。ちょっと寝不足かな」
ママとは年齢も近いから他の女の子のいない所では敬語ぬきで話せるようになっていた。顧客管理の仕事も請け負っているから、ママとはよく話す。
彼女は32歳で他のお店でナンバー1だったのを引き抜かれて、この店のママになったそうだ。
最初、ユウカと会った時に、「私より年上なの? 見えないね。まだ28歳でも通るんじゃない?」と言われた。ユウカの年齢は34歳、ちょっと言い過ぎかと思ったけどママより年上なのもちょっと……ということで、ユウカの年齢はお店では便宜上28歳ということになっている。
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