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「リバティ」とか「セレブリティ」とかいう名のホテルの裏で、ホームレスの老人がゴミ箱をあさっている。
ロサンゼルスは冬でもぱっかーんとした青空だ。見上げるまでもなく「ハァイ! サンシャインです!!」みたいな太陽が照りつけていて、そういう激烈な冬の青空を知らずに神奈川で育った私はサングラスを持ってきていなくて、周りがよく見えない。ハリウッド通りに出ると、ニセモノのマリリン・モンローが観光地の宣伝をしていた。シャイニーホワイトな歯だ。まぶしくて目を細める私に、路上の物売りが近寄ってくる。
「ハァイ! ニーハオ! ニーハオ!」
たぶん、それしかアジアの言葉をしゃべれないんだと思う。
ドナルド・トランプ大統領就任を機に、私は、5年前に一度取材したロサンゼルスのLGBT若年ホームレス施設をもう一度訪れようと考えた。世界には、我が子がレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなどなどであることを理由に「あんたなんてうちの子じゃない!」ってなる保護者というのがいるそうであり、フランスでは身分証もなしに身一つで路上へ放り出された子のケースを聞いたし、日本でも「セクシュアリティのことでいじめを受けて家でも拒絶されたから」と東京に出てやりたくもない女装で稼いでなんとか生き抜いた男性のケースを聞いた。
そういう子どもたちのために日本に用意されているのは、性風俗店の寮だったり、「かわいそうな家出少女を泊めてあげましょう」ヅラの大人の部屋だったりすると私は認識しているが、アメリカにはLGBTホームレスシェルターがある。すっげえな、と思った。ここの仕事を手伝うかわりに、ここで生きる若者たちに新大統領についての感想を聞いてみよう、と思って、私はいま、ロサンゼルスにいる。今日で8日目だ。大した期間じゃないけれど、それでも、人間は同じ場所にいたって違う感覚で物事を見るものだから、そういう違いを共有することには意味があると信じて、私の目で見たことを、あなたに書こうと思う。
ひとことで言おう。
めっちゃ嘘くさい。
2012年には感じなかった、ものすごいテーマパーク感が街中に充満している。
先に言っておくが、私はアメリカ西海岸が好きだ。銃関連法と医療制度さえなんとかなれば住みたいなって思うくらい好きだ。大好きなうえで、攻撃ではなく感想として言うのだが、すごく、すごく、嘘くさかった。
それはたとえば、みんながヒーロー、民主主義!成り上がれるぜ、資本主義!みたいな、キラキラのアメリカンドリームに、あんまり思ったほどはうまくいってないね感の雲がかかっているせいなのかもしれない。
ご近所のコスタリカに、金持ちのアメリカ人がわーっと引っ越して、別荘を建てたり観光ビジネスを始めたりした結果、コスタリカ人のちっちゃなおみやげ屋さんとかがみんなつぶれちゃって、仕事のない若者が麻薬取引に手を染めたりしちゃって、その麻薬がまたアメリカに売られていく、あーあ、みたいな話を現地の日本人の方から聞いた帰り道、「自由」って書かれた看板の下で缶を拾い集めていたホームレスの老人は、私の目には、コスタリカとかの中南米系に見えた。
ホームレスシェルターにも、中南米っぽい見た目の女の子が来た。
彼女は私になんか「¿Estos para bueno so dieda?」みたいな感じ(イメージ)のことを言ってきたが、私にはスペイン語はわからないので、「ん?」って顔をするしかなかった。すると彼女はポケットからスマホを取り出して、同じことをもう一度スマホに向かって言った。スマホは彼女の言ったことをまるごと英語訳してくれて、要するに耳をきれいにするものをくれと彼女は言ったのだなって理解した私はホームレスシェルターの綿棒を手渡した。
「Gracias!」
彼女は耳掃除を終えると、私にスマホを向けてニコッと笑ってそう言った。その「グラシアス」っていうスペイン語を、スマホが「サンキュー」と訳す前に、彼女が「ありがとう」と言ったことを私はその笑顔で感じ取っていた。私は「グラシアス」と返した。通じたみたいだった。うれしかった。
長い黒髪をたなびかせて、彼女はどこかへ出かけていった。シェルターでシャワーを浴び寄付品の衣類を着た彼女は、ちっともホームレスには見えなかった。旅行者に見える彼女のキャリーバッグには、旅の荷物ではなく、全財産が詰め込まれているのだろうけれど。
グラシアス。
グラシアス。
アメリカにいて英語を話せないでホームレスシェルターに来た彼女がもし中南米出身だったとしたなら、彼女の言ったあの「グラシアス」ってスペイン語も、もともと彼女の故郷を侵略したスペイン人たちの言葉なんだな、って、思った。彼女のご先祖の言葉では、「ありがとう」って、なんて言ったんだろうな、って、思った。
FUCK! SHIT! ってボロボロの男の子が叫んでいる。
ハリウッド通りに出るとやはり太陽がうるさくて、車も人混みも「死後裁きにあう!」と叫ぶ宗教演説もぜんぶうるさくて、ボロボロの男の子が叫ぶ「FUCK ! SHIT!」もそうしたうるささの一部にしかならない。
私はドナルド・トランプの名が刻まれたタイルを見ている。ハリウッド通りには、ウォーク・オブ・フェイムって言って、マイケル・ジャクソンとかウォルト・ディズニーとかアメリカが生んだスターたちの名前を刻んだ星を埋め込んだタイルが敷かれているけれど、なぜかその中にドナルド・トランプの名前があるのだ。ちなみにロナルド・レーガンもあるらしい。でもバラク・オバマはないらしい。フランス語Googleで「ウォーク・オブ・フェイム ドナルド・トランプ」って検索すると、関連キーワードで速攻これが出てくる。
「なぜ(pourquoi)」
ホームアローンに出てたからじゃね?と私は思うのだが、とりあえず、ドナルド・トランプのタイルのそばに私は立って、様子を見ていた。
1月25日 15時ごろ
ヒスパニック系の女の子3人がやってきて、タイルを踏みつけながら自撮りをしていた。めっちゃ楽しそうな笑顔だった。
1月25日 16時ごろ
ドキュメンタリーカメラがやってきて、ドナルド・トランプのタイルの前で足を止める人にインタビューをしていた。カメラの前でタイルに唾を吐いてみせた人が拍手されていた。
1月26日 16時ごろ
なんかよくわからない液体が、トランプのタイルの上だけに撒かれていた。たぶん、おしっこ。
1月28日 15時ごろ
ジェイZみたいなラッパー風の人が、通りがかりの中国人グループ観光客のリーダーにスマホを渡し、トランプのタイルと一緒に撮ってもらっていた。スマホを返しながら中国人っぽい人は、「ドゥーユーライクトランプ?」とジェイZに聞いた。ジェイZは「好きでも嫌いでもないかな。ただ、賛成しないな」と答えた。中国人っぽい人はなぜか爆笑して、他の中国人観光客にジェイZの言ったことを中国語訳で伝えた。他の観光客も爆笑した。なぜ笑ったのか、ほんとにジェイZの言った通りの内容で中国語訳されたのか、私には、わからなかった。
何日か経って、LGBTホームレスシェルターに行くと、「FUCK! SHIT!」の男の子がいた。
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