軽トラ2台分お願いします
2月半ばの週末、私は朝からそわそわしていた。畑に牛ふんが届くからだ。
ホームセンターで、大金はたいて牛ふんを買ってから1年。ついに、例の“軽トラ1台2000円の牛ふん”を、購入する日が来たのである。
数日前、ピザでも注文するように、夫は乳牛農家へ電話をしていた。
「軽トラ2台分お願いします」
これまでさまざまな品を配達してもらってきたが、むろん、牛ふんは初めてだ。
私たちは、約束の時間より早く畑へ行き、受け入れ場所を確保して、農家さんを待った。
やがて、軽トラが坂をのぼってやってきた。
「わわわ、すごーい!」
荷台に積まれた牛ふんの量に、圧倒される。
「おはようございます。金田さんですか?」
「そうです! きょうはありがとうございます」
車からおりた農家のおじさんと挨拶をかわす。
「これをおろしたら、いったん帰って、もう1台分お届けしますね」
おじさんは、さっそく納品を開始した。運転席にもどると、受け入れ場所に車のお尻をつける。
「じゃあ、始めます」
ウィーンという音とともに、軽トラの荷台が上がっていく。
牛ふんの納品を、コマ送りでお見せしましょう。
「ほーっ! 軽トラって、こんな性能があったんだね」
驚く私に、夫はこたえた。
「いや、これは特別な軽トラですよ」
その声が、なにやら変だ。予想以上の牛ふんの量に、怖気づいているらしい。
その間も、牛ふんはモウモウと湯気を立てて、荷台を滑り落ちる。
初めてみる牛ふんの滝は、華厳の滝や那智の滝にも劣らぬ迫力でした。
「すごいすごい、ふんの滝だ!」
興奮して歓迎の舞をおどっていると、夫がすり寄ってきた。
「やっぱり2台は無理だ。多すぎるよ」
「何言ってんの? 2台もらうよ。たったの4000円なんだから」
ところが夫は、私に断りもなく、運転席に駆け寄り、農家さんにこう告げたのだ。
「すみませんが、きょうは1台でいいです。もう1台は……ちょっと考えさせてください」
「はいはい、かまいませんよ。いつでも電話してくださいね」
極上のベッド
空になった軽トラが、坂を下って帰っていく。あとに残された牛ふんの山に、私は改めて感動した。
「これがたったの2000円か。安いなぁ」
こんな満足感を味わった買い物は初めてだ。
「もうひと山ほしかったのに」
にらみつけると、夫は「一輪車を借りてくる」と、向かいの区画へ逃げて行った。
牛ふんは、ほかほかと発熱している。“ひりたて”だからではなく、“発酵中”なのだ。意外にも、臭いはまったく気にならない。
私は、牛ふんの山にそっと触れてみた。
「あったか~い。こりゃあ極上だよ。ハイジの干し草ベッドなんて、くらべものにならないね」
そういって笑っている私に気づくと、夫はすごい剣幕で怒鳴った。
「すぐに手を洗ってきなさい!」
そしてぶつぶつ怒りながらも、畑の隅に、板で長方形の囲いを作った。
そこに牛ふんを運び入れ、シートをかけて、完熟するまで発酵させるのだ。完熟しないと、堆肥としては使えないのである。
「いいベッドができたね」
牛ふんの入った囲いをながめ、私は夫に言った。
「ケンカしたら、あなたはここで寝るといいよ」
「………」
ベッドに入った牛ふんは一部で、のこりは畑の隅に積んでおきました。
週末モグラ生活
2月末から3月にかけて、菜園家は土づくりに大忙しだ。我が畑では、こんな手順で土を耕している。
① シャベルで、おおまかに土を掘る。
② 苦土石灰(くどせっかい)をまいて、土が細かくなるまで、クワで耕す。「苦土」はマグネシウムで、「石灰」はカルシウムだ。雨の多い日本は、土が酸性に傾きやすいので、苦土石灰をまいて、野菜が育つのに適したpH(土の酸性度)にしてやる。
③ 腐葉土と堆肥(牛ふんなど)を土に加え、さらによく耕して土を肥やす。ひとまずこれで準備完了。タネまきや植えつけの前に、ここに肥料を加える。
と偉そうに書いたが、私はこれを一切しない。夫にまかせている。理由はかんたん。疲れるからだ。この時期私は、草など抜くふりをするものの、ほとんどは「春を探す」と称して、遊んでいる。
でも、土の準備が整えば、タネまきや植えつけをするのは私だ。害虫駆除も私の仕事で、夫は手伝わない。だから私は、耕作をしないことに、なんら罪の意識を感じないのである。
そんなわけで、夫は毎週土日に、フル回転で①~③をやりつづけた。畑にいる間はほとんどずっと、土を掘ったり耕したり。モグラかオケラのような日々を送っていた。
まだ寒さの残るなか、汗をだらだら流して土を掘る男を、あきれて見ていた人がいる。向かいの区画のイギリス人、ミスターBだ。
「なんで耕運機を使わないんだよ?」
何がなんでも体でやる
私たちの農園には、「耕運機クラブ」がある。畑の大家さんが用意してくれたミニ耕運機を、年間1000円の会費で借りるグループだ。
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