そいつの人生の「檸檬」になるような本を仕込んでおく
——前編では本や雑誌がつまった、ものすごい本棚を見せていただきましたが、もともとスタイリストになったのも、雑誌がきっかけだったんですよね。
伊賀 そうですね。10代の頃読んでた洋雑誌のファッションページがめちゃくちゃカッコよくて、こういうのをつくるのに関わる仕事ってなんだろうって考えてたら、スタイリストに行き着いたんです。服だけっていうよりは、雑誌や音楽、映画などいろんなカルチャーに関係して、ファッションが好きになった感じですね。
——近年は、雑誌だけでなく、映画や舞台のお仕事を多く担当されてますよね。
伊賀 一周まわって、自分の好きなものに戻ってきました。俺の頭のなかは、ほんとプロレスと映画とマンガでできてますから(笑)。スタイリストとして活動し始めた頃は、こんな風に好きなものに関わって、メシ食えると思ってなかったですもん。この取材だって、アカデミー賞のドレスのトレンドとかについての取材だったらわかりますけど、こんなマンガがどうたら言ってて仕事になるなんて(笑)。
——スタイリストさんへの取材としてはかなり異色かもしれません。
伊賀 アシスタント時代に一生懸命読んでたのも、岡本太郎の本と『まんが道』(小学館)ですからね。「満賀くんと才野くん(『まんが道』の登場人物)がこんなにがんばってるんだから、負けてらんねえ!」っていうのが、徹夜で働くモチベーションになってました。
——ファッション誌ではなく(笑)。
伊賀 あとは、『聖の青春』(講談社文庫)ですね。重い腎臓病を抱えたまま命がけで将棋を指して、29歳で亡くなったA級棋士の村山聖くんのノンフィクション。『真剣師 小池重明』(幻冬舎アウトロー文庫)もそうなんですが、棋士の生き様を描いた本って、しびれますよね。『聖の青春』は、後輩とか若いやつにはとりあえず読ませるんで、これまでもう、20冊以上買ってます。「お前、村山くん見てみろよ! 最強カッコいいじゃん!」って勧めまくる(笑)。
——20冊! そうとう渡してますね。
伊賀 いきなり本を人に押し付ける「本テロ」が好きなんです。岡本太郎さんの『今日の芸術』(光文社知の森文庫)もこれまでに100冊くらい買って、渡してます。これは梶井基次郎イズムっていうか、そいつの人生の檸檬になるような本を、仕込んでおきたいんですよ(梶井基次郎『檸檬』)。やっぱ、それには文庫本がいいんですよね。文庫なら、旅行行くときとか、ふと持って行ってくれるかもしれないじゃないですか。それが、そいつの人生を変えるかもしれない。
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