僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
双倉図書館にて
(第182回の続き)
このイベントでは、さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。
僕とユーリは古代エジプトのヒエログリフで書かれたチャレンジクイズを解いたところ(第182回参照)。
ユーリ「あー楽しかったね、お兄ちゃん!」
僕「うん、思ったよりずっとおもしろかった」
ユーリ「ヒエログリフの暗号を解読したみたい。ねー、次はどっちに行く?」
僕「それより、ミルカさんやテトラちゃんを探さなくちゃ」
ユーリ「だーいじょぶだって。会えるって。それより、あっちの部屋を見てみよーよ! ……ばびろにあ?」
僕「バビロニアの数学? そうか、部屋ごとに時代がわかれているということなんだね」
こちらの部屋にもたくさんのパネルが展示されていた。
そして、部屋の隅にある机では、 真っ赤な髪の少女がノートブック・コンピュータのキーボードを叩いていた。
リサである。
ユーリ「あ、リサ姉だ!
リサ「??」
僕「そうか、このイベントのスタッフ作業中?」
リサ「半分作業、半分趣味」(咳)
ユーリ「お兄ちゃん、こっちのパネルから見ていくみたいだよ。《ばびろにあ》の数字」
僕「これは$1$と$10$だけだね。バビロニアは十進法なのかな」
ユーリ「こっちに$1$から$9$までのパネルがある。なんだかギザギザ」
僕「なるほど。$4$や$7$はちょっと変わっているけど、要するに$1$を並べているんだね」
ユーリ「なーんだ。ヒエログリフとおんなじなんだね」
僕「次のパネルは、$10$以上が展示してある」
ユーリ「これも似ているね」
僕「確かに似てるな。古代エジプトだと、縦棒が$1$で、U字をひっくり返したのが$10$だった。バビロニアでも、縦棒が$1$で、くの字が$10$なんだ。仕組みは同じだね」
ユーリ「予言者ユーリとしてはですなー、$20$もわかるぞよ。《くの字》が$2$個ならぶと$20$なんじゃよ。$10$が$2$個で$20$を表すんじゃ」
僕「どれどれ?」
ユーリ「ほらね、ほーらね! ばっちり正解さ! この調子で$99$まで行くんだよ、きっと」
僕「次のパネルは$30$から$39$だよね」
ユーリ「ごらんのよーに、予言どおりじゃ。わかったかの?」
僕「はいはい。次のパネルは$40$から$49$かな」
ユーリ「次のパネルでは、《くの字》が$4$個横に並び、《縦棒》が右に並ぶのじゃよ」
僕「惜しかったね。《くの字》は横に並んでないよ。予言者どの」
ユーリ「くっ……こ、これは、バビロニアの民の《でざいん》の問題じゃ。だって、《くの字》を$4$個横に並べたら、場所取るじゃん? でも、 《くの字》を$4$個書くってゆーのは、当たってたもん!」
僕「はいはい。えっと、次のパネルは$50$から$59$だね」
ユーリ「想像通りじゃん。次の$60$は《くの字》が$6$個並ぶんでしょ、どーせ。そろそろ飽きてきたね。バビロニアはもう十分だよ、次の部屋に行かない?」
僕「あれ?」
ユーリ「ほえ?」
僕「$60$が縦棒$1$個になってる」
ユーリ「パネル、まちがってるんじゃない? 縦棒$1$個は$1$だったじゃん。リサ姉に言っとこーよ」
僕「いや、まちがいじゃないな。だって、ほら、$61$と$62$を見てごらん。縦棒$1$個がまるで$60$であるかのように話が進んでいる。縦棒$2$個を、あいだを少し空けて並べたら$61$で、 縦棒を$1$個と$2$個並べたら、$62$になってるよね」
ユーリ「そーだけど?」
僕「つまり、$$ \begin{align*} 61 &= 60 + 1 \\ 62 &= 60 + 2 \\ \end{align*} $$ のように書いているのがわかる。だから、縦棒$1$個は確かに$60$の扱いになってるんだよ」
ユーリ「そんなわけないじゃん。$61$や$62$はいーけど、$60$と$1$はまったく同じでしょ? 区別つかない数字なんて、そんなの、ありえない!」
僕「ほら、$69,70,71$のパネルも全部、同じ考え方になってるよ。左側にある縦棒は$60$の扱いになってる」
$$ \begin{align*} 69 &= 60 + 9 \\ 70 &= 60 + 10 \\ 71 &= 60 + 11 \\ \end{align*} $$ユーリ「ほんとだ。うーん……あれれ? $70 = 60 + 10$っておかしくない? だって、これって合わせたら$11$にもなる」
僕「違うね。$11$と$70$では順序が逆になるから」
ユーリ「むむむ……だったら、ヒエログリフと違うってこと?」
僕「そうだね。ヒエログリフでは、$11$と$70$はまったく違うし、左右を逆転させても誤解は生じない。でも、バビロニアでは、文字の場所が意味を持ってる。左右を入れ換えたら数が変わってしまう。 うん、だから、バビロニアでは僕たちが使っている数の書き方と同じように《位取り記数法》を使っているといえるね!」
ユーリ「$12$と$21$は違う」
僕「そういうこと。古代エジプトでは《位取り記数法》は使っていない。でも、バビロニアでは《位取り記数法》を使っている。うん、そして、バビロニアでは《六十進法》を使っている」
ユーリ「六十進法」
僕「だって、$59$までは同じ書き方で進んでいて、$60$になったとたん繰り上がりを起こしているからね。ほら、$59$から$60$になったとたん$1$に戻ったように見えたのは、ちょうど僕たちが$9$から$10$になったとたん、 上の位が$1$になったようなものなんだ」
ユーリ「……ダウト」
僕「なぜダウト?」
ユーリ「だって、$9$から$10$になったときは一の位に$0$があるもん。だから、$1$と$10$の区別付くじゃん? でも、バビロニアだと$1$と$60$の区別が付かない。そんなのなんだかおかしーよ」
僕「確かに。うーん……ともかく、パネルを進んでみようか」
ユーリ「あ、クイズだ」
バビロニアの記数法を使うと、 $$ 100 $$ はどのように表せるでしょうか。
僕「なるほど……」
ユーリ「$60$で繰り上がりするから……」
僕「わかった?」
ユーリ「たぶん。こうかにゃ?」
僕「そうだね」
ユーリ「よかったー。$100 = 60 + 40$になるんでしょ?」
僕「こっちに解説パネルがある」
ユーリ「あり? なんで、$$ 100 = 60 + 40 $$ じゃなくて、 $$ 1\times60^1 + 40\times60^0 $$ って書き方になってんの?」
僕「ほら、バビロニアの記数法は、やっぱり《六十進法》なんだよ。この書き方をよく見てごらん」
ユーリ「(来たな《先生トーク》)」
僕「僕たちの《十進法》で《位取り記数法》のとき、各桁は$10$の$n$乗という形になるよね。一の位は$10^0$で、十の位は$10^1$で、百の位は$10^2$で、千の位は$10^3$になる。だから、たとえば$2017$という数の書き方は、 $$ 2017 = 2\times10^3 + 0\times10^2 + 1\times10^1 + 7\times10^0 $$ という意味だし、$100$という数の書き方は、 $$ 100 = 1\times10^2 + 0\times10^1 + 0\times10^0 $$ という意味。$10$の$n$乗が基本になるのは、《十進法》だからで……」
ユーリ「わーった。わかりましたよ。だから$60$の$n$乗って書けば《六十進法》ってこと。バビロニアでは、 $$ 100 = 1\times60^1 + 40\times60^0 $$ みたいに書きますよーって?」
僕「そういうことだね。さすが、ユーリは理解が早いな」
ユーリ「ちっちっちっ。お兄ちゃんは詰めが甘いにゃ」
僕「何のこと?」
ユーリ「お兄ちゃんは、《六十進法》という思い込みがあるから、バビロニアの記数法、しっかり見てないよね」
僕「だから、何の話?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)