【くるみ】8月12日(金曜日)
深い深い都営大江戸線六本木駅から地上に出ると、そこはギラギラした大人の街。
クラブやバー、レストランなどがひしめきあい、怪しげなお店も多い。
直線距離で言うと渋谷と近い立地関係だが、おのぼりさん御用達のJRが通っている渋谷と違い、洗練されている印象を持つ。
合コンのお店を予約するのはたいてい男性幹事だ。送られてきたお店のURLを開いたときに、そのお店の最寄り駅が渋谷だと少しがっかりするのだが、六本木だとテンションが上がる。
しかも今日のお店は、ホームページを見る限り、個室に足湯があったりブランコがあったりロフトがあったりフィーリングカップルのテーブルがあったりして、なんだかとってもチャラそうだ。
さすが、神山さん。
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神山とくるみは共通の友達のホームパーティで出会った。
その場で連絡先を交換し、その後合コンをしたり、二人で食事に行ったり、その流れで一度セックスをしたことがあるが、セックスは大したことないなと思ったことを覚えている。くるみのことを思いやらない自己中なセックスでぜんぜん濡れなくて痛かったし、そもそも大きさこそ普通だが硬さがイマイチだった。彼自身のスペックはイケてるが、セックスするならわざわざ神山さんじゃなくても…と思った記憶がある。
数年前のことなので彼と過ごした日々をすべて覚えているわけではないのだが、彼から言われた言葉でひとつ鮮明に覚えていることがある。
平日の夜に二人で食事をしたあとカラオケに行き、彼の家に泊まったときのことだ。セックスをして、次の日の朝、彼の家を出ようとしたとき、彼はくるみに向かってこう言ったのだ。
「逃げるようにして帰るね」
心外だった。
くるみの今までの経験上、男は昨夜寝た女に対して「さっさと帰ってほしい」と心の中で思っているものだ。だからくるみは男の家に泊まった次の日の朝は速やかに身支度をして迷惑にならないように早めに出ていくようにしていた。それが当たり前だと思っていたのだ。それなのに、「逃げるようにして」なんて言われるとは。
その時は、「いやいや、おじゃまかなと思って。また飲み行きましょうね!」と返して帰宅したが、後から考えてみると、その一言には「もうちょっとゆっくりして帰ればいいのに」という意味がこめられていたのかもしれない。
だとすると、私をワンナイトの女以上の存在に思ってくれていたのか。
なんということのない一言だったが、くるみはなんだか感慨深い気持ちになり、ちょっと嬉しくもあった。ただ、その後はお互い忙しくてなかなかタイミングが合わず、結局それ以降会うことはなかった。
神山とくるみが会うのはそれ以来、2年ぶりである。
*
くるみと知恵は、約束時間の10分前に店に到着した。神山からは「少し遅れる」という連絡が入っている。合コンで男性側が少し遅れてくる場合、女子の方が先に店に集まることになる。
ここで重要なことが一つある。それは待っている間スマホをいじらないことだ。いつ男性が入ってくるかも分からない。入ってきた瞬間、女子が全員スマホをいじってたら印象が悪い。男性を待つ間、軽く女子会をおこない、はじめまして同士の子がいるのならこのタイミングでお互いのことを紹介しておく。和気あいあいできゃっきゃしている空間の方が男性が入ってきたとき彼らの気分が上がる。
今日、合コンにくる男性たちがイケメンだということは分かっていた。神山が、前もって合コンに連れてくるメンツのLINEのアイコンをスクショして送ってきたからだ。くるみも美人を連れていかなければと、知恵にとっておきのカワイイ女友達を紹介してもらった。本人たちには内緒で、くるみも彼女たちのLINEのアイコンをスクショして神山に送っておいた。神山から「めっちゃカワイイ! いいね!」と言われると、幹事としての腕を褒められているようで嬉しかった。
「ごめん! 遅れた! お疲れーっす」
神山が男性全員を率いて到着した。
合コンのはじまりはじまり〜。
巷の自己啓発本にもあるように、人間関係は第一印象が一番大切! 男性が入ってくるときは無表情でも満面の笑みでもなく、モナリザの笑顔を心がけること。女は愛嬌という言葉があるほど、愛嬌や愛想は大切な要素だ。無表情がだめなのは当然だが、満面の笑みがだめな理由は2つ。まずいきなり大笑いしてたら怖いし、第二にこれから自分たちの手によって笑わせたいのに最初からそんなに笑っているところを見たら男性はげんなりなのである。
ほんの少しだけ広角を上げるだけで良い。あなたたちに好意的ですよ、が伝われば良い。簡単そうに思えて意外に難しいのでこれは自宅の鏡で練習する必要がある。
*
「かんぱ——い!」
「じゃあ、女の子は名前とフェチを言ってこう!」
神山が仕切って4:4の合コンが始まる。
久々に見る神山はなんだか垢抜けていた。昔はもっと暗そうな印象だったのに、別人のようだった。
それにしても今日のメンツは、期待していた以上に全員がモデル並にカッコイイ。しかし彼らのいちばんすごいところはそれではない、このチームワークだ。
「知恵です。フェチは……指かな。はい次、亜美ちゃん」
「え! ちょっと待って! 指って、どんな指が好きなの?」
こういった場での性的な話が好きではない知恵は、フェチを適当に言って済ませようとするたが、男性がそうはさせない。男性全員が揃って知恵の前に両手を出した。
「どの指が好き?」
「え〜」
たじたじしながらも知恵は楽しそうだった。
「やだ~! 選べないよ〜」
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