【くるみ】8月4日(木曜日)
「なに飲む?」
「んー、なににしようかな」
くるみは知恵の出方を伺った。
「私はハイボール」
「じゃあ私も!」
知恵が予約した麻布十番のもつ鍋屋さんで初めて2人で飲んでいた。
前回ミモザを注文していた知恵が今回はハイボールを注文したので、くるみはちょっと安心した。
「知恵ちゃんてハイボールとかも飲むんだ」
「ふつーに飲むよ」
料理は手際良く出てきた。どうやら知恵がコースで予約してくれたらしい。
「くるみちゃんは、滝沢さんとどこで出会ったの?」
知恵は基本的に表情をあまり動かさず、淡々と話すタイプだ。くるみはまるで面接を受けているような気分だった。
「1年半前くらいかな。リゴレットで友達と飲んでたら、いきなり声かけてきて私達のテーブルに名刺と1万円札を置いてさっと帰っていったんだよね。知恵ちゃんは?」
「私も同じような感じかな。フェリアで友達と飲んでたら声かけてきて、名刺とタクシー代置いて帰っていった。彼、会社経営しててヒルズのレジデンスに住んでるじゃん? 奥さんもいて安心だし、良い人だから友達としてレストラン連れてってもらったりしてるよ。すごいよね、彼」
「うん、そうだね」
前菜に出てきた蒸鶏のポン酢かけを口に運びながら、くるみは緊張していた。くるみは女子会というものをほとんどしたことがない。ましてや女子と2人きりで飲みに行くなんて1年に1回あるかないか程度だ。同性と飲んで世間話するくらいだったら、男と和気あいあいに楽しく話したり、男が頑張っている仕事の話を聞いている方がずっと有意義で好きなのである。
くるみは、この知恵という女は、どういうモチベーションで自分を誘ってくれているんだろう、と不可解に思っていた。誘われたからとりあえず来てみたけれど、女子会をしないくるみにとっては知恵の思惑が謎だった。
それでも、会話を上手にリードしてくれる知恵と話すのは思いのほか楽しく、お互いの仕事の話やライフスタイルの話で盛り上がった。お酒も入ってリラックスしたくるみは思いきって知恵に聞いてみた。
「なんで私を飲みに誘ってくれたの?」
「んー、滝沢さんってちょっと面倒臭いけどいい人だし、会社やってるから人を見る目あるでしょ。彼が仲良くしてる女の子だから間違いなくいい子だ、と思ったの。あと、私東京に来たばかりで、東京にまだ友達あんまりいないから、一緒に合コンとか夜遊びに行く友達が欲しくて。くるみちゃんとならいいお友達になれそうだと思ったよ」
良い出会いはある日突然空から降ってきたりはしない。こつこつ、信頼できる友人を増やすことが大事だ。成功していて人望のある男の友人であればほぼ間違いない。
ほどよく酔っ払っていい気分になったくるみは、六本木のバーで1杯だけ飲んで帰ろうと提案し、2人はタクシーに乗って六本木に向かった。
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くるみは、女だけで飲むときでも、バーでナンパされるのが大好きだ。せっかくバーに行くなら、出会いの母集団を増やす機会にしたい。
六本木には、いたる所にバーがある。カジュアルなバーから、ホテルバー、オーセンティックバーなどさまざま。くるみは用途と気分によって使い分けている。たとえば、グランドハイアットにあるオークドア。ここはステーキレストランだが、バーエリアがあり、フルーツを使ったマティーニやモヒートが美味しい。男性客の多くは40代以上の外国人だ。日本への出張でグランドハイアットに宿泊しているハイスペックサラリーマンも多く、そんな彼らに声をかけられることもある。
また、ミッドタウン1階にあるA971は、カジュアルなバーなので、仕事の後やクラブ前に友達と1杯飲みに来ました、という感じで来る人が多い。ガヤガヤしているけれど、そこまで混んでいないし、客層も良くゴールドマンやマッキンゼーの人にナンパされることもあるので、よく行くバーだ。
ただ、同じ店に頻繁に通うのは避けている。店員と顔見知りになって常連感が出てしまうとダサいからだ。まるで初めて来ました、というような顔をして、すれていない感じを出すほうが、男ウケがいいことを知っている。
今日はリゴレットに行くことにした。行けば必ず誰かにナンパされるバー、リゴレット。六本木ヒルズの5階にあり、いつも周辺の外資系企業に勤務しているエリート外国人で賑わっている。
男がいるバーに行くとなると、くるみは水を得た魚のように一気にハイテンションになった。
「Hi! Nice to meet you. ナニノンデルノ?」
ドリンクをオーダーするやいなや、金髪にグリーンの目をしたスーツ姿の40代くらいの白人男性が、英語と日本語を交えてくるみと知恵に話しかけてきた。