〈臆病な詩人〉こと私のもとへ、突如舞い込んだ「ニッポンのジレンマ」元日スペシャル出演の話。討論番組に出るのは人生初。出演者の多くは政治や社会問題にくわしい専門家だ。素人の私が口を挟める場面なんてあるの? 議論の内容を理解すらできずに、ポカンとしてしまったらどうしよう……。緊張と心細さで、収録前日は3時間しか眠れなかった。
NHK最大規模のスタジオに入ると、真っ白なライトが眩しく、緊張した身体がさらに熱を持った。天井が高いため、自分がすごくちっぽけな存在に思えてくる。普段は履かないハイヒール、歩き方がおかしかったらどうしよう。不安でつい背中が丸くなる。その様子まで背後からカメラで撮られていた。
MCの古市憲寿さんらの前で、11人の論客が半円形のテーブルにつく。最年少の私は右端の席。出演者はもちろん、収録を見守る200名のオーディエンスの様子もよく見えた。
「『ニッポンのジレンマ』という番組は、ディベートじゃなくて、ダイアローグなんです」
収録は、批評家・大澤聡さんのこの言葉から始まった。なるほど。それぞれの意見が固定された討論(ディベート)とは異なり、ここでは対話(ダイアローグ)を経て、意見が変わってもOK、むしろ変わることが大事らしい。
そして大澤さんの宣言通り、6時間の収録で起きたことは、「討論」ではなく、「対話劇」であった。十二人の異なる分野の人々が集まれば、生まれるのは混沌とした対話空間。話はこんがらがり、決してわかりやすい方向には転がらない。「こっちが正しいですよ」と誘導してくれる人もいない。
けれど、それぞれが見た現実を包み隠さず語り合ったとき、複雑で豊かな世界の在りようが見えてきた気がした。自分が織りかけた布を、誰かが引き継ぎ、新たな模様を織り上げていく——議論は言葉でできた美しい織物のようだった。
普段気に留めていなかった言葉たち
収録の2日前、メールで送られてきた進行台本を見て、私は青ざめた。議論のキーワードとして挙げられている言葉は、どれも私に馴染みのないものばかりだった。
番組テーマは「Post Truthの逆襲 未来は明るいか?」。EU離脱、アメリカ大統領選から見えてきたのは、客観的な事実よりも、感情が重視されがちな「ポスト真実」の時代像。果たして、分断が進む日本の未来は明るいか? ……そんな趣旨らしい。うむ、どうやらたぶんそうらしい……。
白状すると、打ち合わせで番組の概要を聞くまで、私は「Post Truth」という言葉を知らなかった。帰宅後にググり、関連資料を読み、ようやく「世界はこんな状況に置かれているのか」と飲み込めた。とっつきにくい横文字の言葉も、身近な現象に繋がっているようだ。まるで暗号を解くような気持ちで、私は普段気に留めていなかった言葉たちを手繰り寄せた。
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