ゲーム感覚で惹きつける
「最初は単なるスタンプラリーだと思っていたけど、全然違った。商店街のスタンプラリーでは、スタンプだけ押しに来る人ばかりで、店内に入ったり、物を買っていったりはしない。ところが……」
東京都墨田区で屏風店を営む片岡恭一氏は、驚きを隠さない。
何しろ1月17日以降、“いい大人”がスマホ片手に、店頭のポスターのQRコードを撮影しにひっきりなしにやって来る。中に入って商品を買っていく客も多い。
取材の最中も続々とやって来る。自転車に乗った男性は「名古屋から来た」といい、車で乗り付けた女性は「長崎から来て、友人の車で回ってもらっている」という。
とにかく、墨田区がいま、異様な事態になっているのだ。
スマホやケータイ片手に街を行き交っているのは、地図サイト会社のマピオンが運営する「ケータイ国盗り合戦」のプレーヤーたち。国盗り合戦は、スマホやケータイの位置情報機能を使って楽しむスタンプラリーゲームだ。全国各地に実際に出かけた際の位置情報履歴を「制覇した国数」としてコレクションするのである。
現在、プレーヤーの数は100万人を超える。自分の足を使って動き回るのがこのゲームの醍醐味。ゲームにハマっているというと時間を持て余す学生をイメージしがちだが、プレーヤーの属性は30代以上が72.8%を占め、男性が62.3%。会社員(公務員を含む)が全体の78.5%という。「出張や仕事で外出が多い大人のビジネスマン」が中心というわけだ。
主要プレーヤーは40代ビジネスマン。休日は家族で「国盗り旅行」に出かける人も
今回の“騒ぎ”は、東京スカイツリーのある墨田区、東京タワーのある港区が共同で、国盗り合戦とコラボレーションした「2大タワーを取り戻せ!」という特別イベント。1月17日から2月18日まで実施されている。
墨田・港両区で全57スポットに2次元バーコードが記載されたポスターが張ってあり、プレーヤーはそれを読み取ることで「攻略」となる。ゲーム内では、二つのタワーが雲に覆われているのだが、スポット攻略のたびに少しずつ雲が晴れていき、全制覇するとタワーの全景が見られるという趣向だ。
さらに今回の企画では、通常のスタンプラリーの要素に加え、商店街にある対象店舗で500円以上の買い物をすると、「くにふだ」という紙のカードがもらえる。くにふだにはシリアル番号が振ってあり、ゲーム内での特典に換えられる仕組みだ。墨田区、港区で各3種のくにふだがあり、どの店でどのくにふだを配布しているかという宝探し的な楽しみもある。
スカイツリーのたもとにある「薬師湯」は450円の入浴料にタオルセット100円で、500円以上となる。だが、ゲーム中に銭湯にわざわざ入る人は少ないだろうと、事務局ではあえて最も価値の高いくにふだを配布したが「これまでに150人は来た。イベントだけを目的に北海道や新潟から来た方もいた」と長沼秀三店長は言う。
「くにふだ」を手に、右上が人形焼の山田屋を経営する商店街連合会の山田会長、左が薬師湯の長沼店長、右下が片岡屏風店の片岡代表親子
イベント開始から20日で両区合わせて9万人以上が訪れたという大盛況ぶりだが、事務局の呼びかけで参加を決めた店舗の多くは当初、半信半疑だったという。
「正直言って、商店街の中には、もう努力しても無駄だと半ば商売を諦めているような店もあった。ところがそういう店も、どんどんお客さんが来るのに驚き、やる気になっている」と墨田区商店街連合会の山田昇会長。また、商店街でイベントをやっても、立地のいい店ばかりが潤うという構造があった。区内でもスカイツリーによる集客の恩恵にあずかれない店が多かった。ところが、このイベントでは墨田区の隅々まで回らないとゲームが成り立たないのだ。「実によくできた仕組み」と山田会長は舌を巻く。
ゲーム的手法を社会的に活用することを「ゲーミフィケーション」と呼ぶが、今回のイベントはまさにその典型。「スマホ時代」の新しい集客手法といえる。「大ヒットを放った後の芸能人のようにならないよう、イベント後のことも考えなければいけないが、新しい道というか、方向性は見えたような気がする」と山田会長。
マピオンも企業や自治体とタイアップした同様のイベントを、今後さらに広げていく予定という。