祭りでも始まるのか?
冬である。寒いのだ。できれば一日中布団をかぶって寝ていたい。
冬は好きだが、それは“冬ごもり”が好きなのであって、冬の畑で働くのは、いくらなんでもいやなのだ。
「でも、収穫にはいかなくちゃ。ダイコンは食べたいし、ホウレンソウもおいしいよ」
夫に言われ、ようやく布団から顔を出す。
久しぶりの畑は、すっかり様子が変わっていた。
荒れ果てて、ものさびしい。乾いた大地を、強い北風が吹き抜ける。
一刻も早く帰って、顔に化粧水をはたきたい。そう思っていると、お隣の区画のハクサイに目がとまった。
外葉がまとめられ、ひもでしばってある。
「かっこい~。ハチマキみたい」
祭りでも始まりそうだ。
粋ですね。人格を感じるハクサイ衆です。
「どうしてしばるんですか?」
夫が、区画の主のO野さんに聞いた。
「霜が降り始めると、ハクサイの内部が腐っちゃうんだよ。でもこうしておくと、外の葉は枯れても、中は守れる。布団みたいなもんだね」
ほお。こりゃあいいことを聞いた。
「私も冬は布団にもぐっていたほうが、腐らないんじゃないかな?」
「だからって、一日中寝ている言いわけにはなんないよね」
霜なんてとっくに降りているし、うちのハクサイも、早いとこしばらないと腐ってしまうぞ。
働かないつもりだったが、しかたない。私はさっそくハクサイの外葉をまとめ、それを夫が、ひもでぐるぐる巻きにした。
「ひどいね、こりゃ」
「これっぽっちも粋じゃないね」
す巻きにされた罪人みたいだ。こんなところにもシロウトとベテランの差は出るんだな。
O野さんのハクサイとは、えらい違いです。
お墓みたいだろ
反対隣りの区画では、N村さんが畑の隅に穴を掘っている。
タイムカプセルでも埋めるのか、それともへそくりでも隠すのかとのぞきに行くと、「ダイコンを保存するんだよ」と教えてくれた。
「室(むろ)」と呼ばれる、天然の貯蔵庫だ。聞いたことはあるが、雪国の話だと思っていた。
「土に埋めておくと、みずみずしいまま保存できるんだ」
ほお。またしてもいいことを聞いたぞ。
「私も冬は布団に埋まっていたほうが、保湿になるんじゃないかな?」
「だからって、一日中寝ている言いわけにはならないんだってば」
さっそく私たちも、残っていたダイコンをすべて抜いた。穴を掘り、葉を取り除いたダイコンを入れていく。
夫が土をかけ始めると、私は神妙な気分になってきた。まるで埋葬に立ち会っているようだ。死んでいるならまだしも、ぴっちぴちのダイコンを、生き埋めにしようとしているのだ。
「安らかに眠りたまえ」
思わず目を閉じ、手を合わせる。
牧師さんに立ち会ってほしかったです。
白い肌が地中に消えると、夫は表面の土を平らにならした。
「ちょっと盛り上げたほうがいいんじゃない?」
「それこそお墓みたいだろ」
たしかにそうだな。それはやめよう。
「じゃあ、棒をさすとか、目印をつけようよ。宝の地図でも作ろうか? どこに埋めたか忘れちゃう」
すると夫は鼻で笑った。
「自分で埋めたんだから、忘れるわけがないでしょ。キミとは違うんですよ」
忘れるわけがない
それから1週間後、我々は早くもダイコンをほり出しに行った。
「えーと、たしかこの辺りだったよね?」
夫がチラリとこちらを見る。
「私は知らないよ。あんた、忘れるわけがないって偉そうに言ってたじゃないか」
「覚えてますよ。ここですよ、ここ」
と言うなり、夫はスコップを突きさした。
——シャキッ!
「いま水っぽい音がしたよ」
夫はニヤニヤしながら、20㎝ほど離れた場所に、再度スコップをさしこんだ。
——シャキッ!
「まただよ」
そしてさらに、
——シャキッ!
「もうやめーい!」
私は夫からスコップをひったくり、手で土をかきわけた。
出てきたダイコンはめった刺しだ。
「てめ~、いいかげんにしろよ」と言っているようです。
私はそれを夫の鼻先に突きつけ、命令した。
「今すぐ目印をつけなさい!」
雪に埋まった野菜たち
数日後、ついに雪が降った。
夜になっても降り続く雪を見ていたら、私は野菜が心配でたまらなくなった。イチゴ、タマネギ、ニンニク、エンドウ、畑には春を待つ冬越し野菜がたくさんいる。
翌朝雪がやむと、私はたまらず畑へむかった。
農園へと続く坂道に、何やら足跡がついている。
「これはペンギンで、これはユキヒョウ。こっちはヘラジカだな」
ペンギンです。
ヘラジカです。ちなみに私には、重度の空想癖があります。
「そして人間の足跡は、ひとつもない。ということは、私がこの雪原を歩く最初の人類だ。ぬはははは!」
しかし、笑っていられたのはそこまでで、畑に着いた私は唖然とした。
野菜がすべて雪に埋まっている。イチゴもタマネギも、どこにいるのかわからない。
かろうじて見えるのは、ニンニクの葉の先っぽだけ。ブロッコリーとエンドウ豆には、寒さよけのネットをかけていたが、それも雪の重みでぺちゃんこだ。
どこまでが自分の区画なのかもわかりません。
「大丈夫だ。いま助けるよ!」
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