施設での虐待の日々、青磁はある物を見つけた

殺害された主治医、突如行方不明になった母親。青磁と萌黄、取り残された二人の兄妹の待ち受ける運命とは……? さかき漣の単著デビュー作『エクサスケールの少女』(徳間書店)の発売を記念して、その一部をcakesに特別掲載!

第一章 本当の名も知らない頃
—3

青磁せいじ萌黄もえぎは施設へ預けられることになった。
生家のあった場所からそう遠くない、やはり山間の田舎町。町でも高台にある寺に隣接された、ごく小規模の養護施設だった。持ち主は寺院であったものの、多忙の住職はほぼ不在であり、施設の運営に関わることは皆無であった。施設では住職に代わって雇われ院長が強権を握り、独自の経営を進めていた。
院長は問題の多い男だった。表では仏教理念に基づく豊かな教育を謳っていながら、しかし実情は家畜の養殖も同然の惨状だった。薄汚れた居室に、満足でない食事。児童の数に較べ職員の数が極端に少なく、むろん教育など不十分に過ぎて話にならなかった。過去には児童の集団脱走や職員の一斉退職などもあり、また虐待の噂が流れたこともあったが、地方自治体による調査が入ることはついぞ無かったという。
院長を始め、職員の資質がお世辞にも褒められたものでない環境ゆえか、在所の児童らのモラルも地に落ちていた。いじめや暴力など日常茶飯事だった。幼く非力ながら、青磁は萌黄を守ろうと必死に毎日を過ごした。絶対に誰にも気を許すもんか。幾度となく口にしては、自分を励ましていた。 そんな不遇の内にあっても良いことはあった。ある日青磁は寺院の裏山で、黒く光る石を見つけたのだ。拾って手のひらの上で眺めてみればますますきらめき、青磁を魅了した。その石は、青磁の御守りとなった。
客人の訪れることの少ない施設だったが、月に一度、人の集まる日があった。様々な人が入れ替わり立ち代わり子供らのもとへ現れては、値踏みするように数時間を過ごし、また帰っていくのである。痩せ細った無口の少年と、年齢の割に発育不良の著しい少女。兄妹に優しい声のかかることは考え難かった。
施設の職員から叱られる日も多い青磁だった。そして叱られるのはいつも同じ、板張り床の大広間だった。檀家の法要も行う場所だ。神聖であるはずのこの広間が、住職のいない日には、あろうことか仕置き部屋として使われていたのである。
この日も職員の低く粘った声が、この広間に響いていた。
「あんたが馬鹿で悪い子だから、親はあんたと妹を捨てたんだよ。ほんと、目つきからして悪魔みたいな子だわ」
中年の、大柄の女だった。しかし怖気づくことなく、青磁は相手を睨み付けていた。
「自分で言ってみなさいよ。僕は悪魔です、って」
青磁はそっぽを向いた。すると女性はさらに口調を荒らげる。
「調子に乗ってると、ご飯食べられなくなるよ。あんただけじゃない、あんたの可愛い妹もね。それでもいいわけ? ほら、ご飯抜きが嫌だったら土下座しな」
青磁はそれでも横を向いたままだった。するとカッとなった女性が、やにわにほうきを振り上げたのだ。
強く一度打たれ、青磁は左の二の腕を押さえた。しかし女性は、繰り返し同じ場所を打ってくる。理由は無論、数十回にわたり殴打したとしても痕がひとつしか残らなければ、「一度しか打っていない」と偽ることも可能だからだ。青磁の腕は熱を持ち、赤く内出血を始めていた。それでも更に打たれ、とうとう青磁は床に転がった。女性の背景に、大きなまんじが描かれているのが妙に目立つ。思わず涙が零れそうになり、青磁は目をぎゅっと瞑った。観念しようと決めた。
様々な感情を堪え何とか起き上がり、青磁は正座した。ぐっと歯を食いしばって、額を床に擦り付ける。
「僕は悪魔です。ごめんなさい。もうしません」
それを見て、職員は満足げに笑った。
「さっさと言うこと聞いてたら、痛い思いしないで済んだのに。だから馬鹿だって言うのよ」
左腕はじんじんと波打つように痛み、力が入らない。青磁は無傷の右手をポケットに突っ込み、御守りの石をぎゅっと握りしめた。
もう夜も遅く、他の子供らはみな就寝している時刻だった。青磁は萌黄の眠る部屋へ急いだ。折れそうな心を抱えながら、一刻も早く、自分の生きる意味そのものである家族の顔を見たかったのだ。
十歳以下の女児らが集団で眠る和室まで辿り着くと、廊下から漏れる微かな灯りを頼りに、青磁は萌黄を探した。すぐに萌黄の寝床を見つけ、覗きこむ。黴臭い布団の中で、自分と同じ血を持つ存在が眠っていた。青磁は、妹の痩せた頬にそっと触れ、暴れる心を癒そうとした。

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エクサスケールの少女

さかき漣

30年後にやってくる人工知能が人間を超える“シンギュラリティ"(技術的特異点)。その前段階としてこの10年以内に起こるのが「エクサスケールの衝撃」だ。スパコンの計算処理能力によって、医療・物理・宇宙工学などに革命を起こし、人間生活を大...もっと読む

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rensakaki2016 #エクサスケールの少女 の冒頭が試し読みできます。 第一章 『本当の名も知らない頃』 ——3—— 「」 https://t.co/J5AKQuo3kZ 11ヶ月前 replyretweetfavorite

rensakaki2016 #エクサ少女 の冒頭が、いちぶ読めます。 『 2年弱前 replyretweetfavorite

rensakaki2016 「」 https://t.co/J5AKQuo3kZ 約3年前 replyretweetfavorite

rensakaki2016 cakesでの短期連載、再開してます! どうぞ宜しくお願い致します。 「」  #エクサスケールの少女 #エクサ少女  https://t.co/J5AKQuFEJz 約3年前 replyretweetfavorite