トマトをめぐる冒険
2015年秋、わたしは友人に誘われて福島県の会津只見地方にある「さんべ農園」を訪れました。只見には、名産として知られる南郷トマトを出荷している農家が120軒ばかりもあり、さんべ農園の三瓶清志さんはそのリーダー的な存在です。
さんべ農園で衝撃的だったのは、まだ緑色のトマトを手渡され、「さあ食べてみてください」とうながされたことでした。緑のトマト……。あまり一般に知られていない事実かもしれませんが、たいていのトマトは緑色のまま出荷され、農協から市場、スーパーと運ばれていくあいだに赤くなっていき、店頭にならんでいて消費者の目に触れているときがいちばん美味しそうに見えるように計算されています。もちろん、畑になったまま完熟させた方が美味しいのにきまっている。だから農家さんから消費者の手に直接届けているような直販サービスで購入できるトマトはやっぱり美味しいんですよね。たいていの場合、そういう直送では朝獲れたトマトは翌日にはわたしたちの手もとに届くわけですから。
ところが、さんべ農園のトマトは赤くない。スライスされた緑のトマトをいただきました。そして驚いたのが、これが飛びきり旨かったということです。熟していないので、食感は普通のトマトと違ってシャリシャリとしていて、瑞々しい。
そして味は、なんとも表現しにくいすばらしさ。青く酸っぱいだけかと思えばまったくそんなことはなく、酸っぱいけど甘いのです。
三瓶さんは「トマトは甘味と酸味のバランスが大切なんですよね。甘いだけではだめだし、酸っぱいだけでもだめ。そのバランスがどこに取れているかということなんです」と話し、「旨いでしょう?」とにっこり笑いました。
青い南郷トマトはなまで食べるだけでなく、料理につかうとその酸味の強さが前面に出てくる感じで、非常に鮮やかでした。たとえばトマトの煮込み。
◎トマトの煮込み
にんにくとしょうがをみじん切りにし、厚手の鍋にオリーブ油をたっぷりたらして弱火で火にかけます。鶏のもも肉をぶつ切りにし、鍋に投入。鍋肌にひっつかないように気を付けながら色が変わるまで炒めます。そして、皮を湯むきしてざく切りした南郷トマトを投入。火を弱めてじっくりと煮込んでいきます。水は入れません。やがてトマトが煮崩れ、鶏肉やにんにくと一体化していき、どろりとしたトマトシチューができあがります。最後に塩をほんの少し振って味つけし、完成。
いい香りのシチューをスプーンですくい、口に運ぶと、酸味が鶏の油を包み込んでいてほんとうに最高。
青い南郷トマトで、フライドグリーントマトもつくってみました。
フライドグリーントマトということばを聞いて「ピン」ときた人は、かなりの映画好き。1991年のアメリカ映画です。ジョージア州の片田舎を舞台に、幼なじみの女性二人が経営する食堂「ホイッスル・ストップ・カフェ」をめぐる物語。夫からの暴力に耐えながら、差別意識の強い南部で黒人やホームレスも食堂に受け入れていく二人。しみじみとした人生を描くすばらしい作品です。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。