ハクサイについた厄介者
10月、ハクサイが立った。
孔子は三十にして立ったらしいが、うちのハクサイは、苗を植えてから2か月もしないで立ったのだ。
育てて知ったことだが、植えたばかりのハクサイの苗は、葉が横へ広がって成長する。まったくハクサイらしくない。
しかし、葉が15~20枚まで増えたころ。あら不思議、新たに出た葉が、立って生え始める。中心から続々と生まれる葉はどれも空を向き、かたくしまって球になる。
「すばらしい。立ってこそハクサイだよ!」
やや立ってきましたが、まだなんの野菜かわかりません。
こうなったら、どう見てもハクサイです。
しかしその頃、困ったことも起き始めた。ハクサイに、アブラムシがつき出したのだ。
集団で植物にとりついて汁を吸い、ときには病気を移していくやっかいな虫だ。見逃すと、どんどん増える。
「アブラムシ界には、少子化問題ってないのかねぇ」
私は、来る日も来る日も、クラフトテープをちぎっては、アブラムシにペタペタとおしつけた。テープには、つぶれた死骸がびっしりだ。
野菜作りの教科書にも載る駆除法だが、だれが考えついたのか、先人の知恵には頭が下がる。
ただ、粘着部にくっついた葉がちぎれることもあるし、なにより、時間がかかって面倒なのだ。
テントウムシは、アブラムシの天敵。見つけるとハクサイに放しました。でも、寒くなると彼らもいなくなるので、どうにかしないと。
アブラムシは酒で死ぬ?
そんなある日、畑のご近所さんがこう言った。
「アブラムシ退治には日本酒がいいらしいよ」
「酒ですか?」夫は興味津々だ。
「おそらく急性アルコール中毒にしちゃうんだな」
”害虫には〇〇が効く”という話は、農園でよく耳にする。
トウガラシと焼酎で作ったスプレーだの、炭焼きの際にとれる木酢液だの、無農薬派はあれこれ試してみるのだが、なかには効かないものも多い。
私も以前、“アブラムシに牛乳をかけると窒息して死ぬ”と聞き、ためしてみた。確かに数は減ったが、野菜に牛乳がこびりつき、気味が悪いし乳臭い。それを洗い流すのが手間で、それっきりだ。
「酒なら牛乳よりいいかもね。やってみようよ」
夫が乗り気なので、翌日私は酒屋へ出かけた。
(日本酒って、こんなにあるのか……)
我が家は夫婦そろって酒に弱い。飲まないから知識がない。こんなにある酒の中から、どれを選べばいいのだ。「アブラムシに効く銘柄はどれですか?」とは、いくらなんでも聞けないし。
そう思っていると、小さな紙パックに目がとまった。
『清洲城信長 鬼ころし』
効きそうだ。鬼が殺せるなら、アブラムシなど瞬殺だろう。しかも、税抜たったの100円。
私はそれを買い、翌週、畑に持ち込んだ。
鬼ころし、効果あるか!?
「水で薄めたほうがいいんじゃない?」
突然酒をくらうアブラムシもちょっぴり気の毒だが、それよりハクサイが枯れやしないか心配だ。
「いいんだよ、原液で」
夫はスプレー容器にどぼどぼと鬼ころしを注ぎ、それを私につきだした。
「ぼくがやると、車の運転ができなくなる」
「ふきかけるだけで、飲むわけじゃないでしょ」
「いいからやって」
アブラムシに限らず、夫は害虫駆除をしない。殺生は私にやらせて、自分だけ極楽へ行こうという魂胆だ。
しかたなく、私はアブラムシの巣窟に鬼ころしを噴射した。
江戸時代の子どもたちは、この虫をつぶして髪にぬり、テカテカにして遊んだんだそうです。だから「アブラムシ」って言うんですって。
シューッ!
「おっ? 縮こまった?」
近寄って観察すると、アブラムシの背中がぬれている。動きもない。
「これ、効くかもよ」
シューッ シューッ シューッ!
“アブラムシには鬼ころしが効く”という、新たな駆除法の誕生か!? 販路を広げた鬼ころしの会社が、手土産持参で挨拶に来るぞ。
気をよくした私は、「おらおら、くらえっ!」と、鬼ころしを噴射しまくった。
そうして数分後。
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