美食は非日常の「エンタテイメント」
一方で、美食というのは快楽であり、とびきりのエンタテイメントです。
ピカピカに磨き上げられた、レストランのオープンキッチン。
清潔なシェフコートに身を包んでテキパキと立ちはたらく料理人たちのほれぼれするような立ち居振る舞い。
テーブルに供される、湯気の立った美味しそうな皿の数々。
高級レストランで楽しまれる美食はいまや驚くほど進化し、高度化し、多様になってきています。ひとことでいえば、「超」がつくほど面白い世界になってきているのは間違いありません。
しばらく前に、世界のあちこちのレストランを食べ歩いてきたという若い日本人ソムリエと話す機会がありました。彼は言います。
「いまの美食の潮流って、完全にエンタテイメントになってきています。スペインのエル・ブジやデンマークのノーマの料理が典型的ですが、たとえば皿の見た目が枯葉の落ちている地面にしか見えないのに実は美味しい料理だったり、ドライアイスのスモークで演出したりと、とにかく体験を重視するようになってきています」
まさに3Dのハリウッド大作映画か、ディズニーランドか、といったところです。食が単に「食べる」ということから、体験型エンタテイメントに変わってきているのです。単に美味しい料理を食べるだけでなく、そこに飛びきり斬新であっと驚かされる体験が伴わなければ、という方向に進んできているのは間違いないようです。
料理評論家山本益博さんの『美食の世界地図 料理の最新潮流を訪ねて』(竹書房新書)という本は、すばらしく美味しそうな表現でこういう新しい先端料理の世界を描かれているので、少し引用して紹介してみましょう。ロンドンの「ザ・ファット・ダック」というレストランです。
続いては「サウンド・オブ・ザ・シー」。海の響きと題された料理は、ガラスの板にさばとかれいとあわびが並び、ひじきが添えられ、海草と野菜のエッセンスの泡がふうわりとかけられている。魚介の下に敷かれているのはタピオカとシラスで作った砂である。そして、これと一緒にほら貝の貝殻が運ばれてくる。そこにはiPodが仕掛けられていて、イヤホーンを耳に当てながら食べなさいというわけである。
聞こえてくるのは、波の音とかもめの鳴き声。今回はさらに汽笛の音が加わっていた。目を瞑ると、海辺にいるような感覚になってくるから不思議である。食べ手を海辺に連れて行ってしまう一皿。
日常の料理とはまったく違う異世界だということがよくわかります。この描写にもあるように、西洋の料理人が昆布だしや海苔、ひじきなどの和食の食材をつかうことはもはや珍しくはなくなりました。
フランス料理やイタリア料理といった国や民族ごとの区分けもあまり意味がなくなってきています。フレンチはこってりしたソースが中心で、イタリアンはパスタ、というのはかなり昔の常識で、いまのフレンチはかなりあっさりしてますし、パスタを食材としてつかうことも多い。
先ほど先端的な美食の代表例に挙げられたエル・ブジはスペイン、ノーマはデンマークで、昔のようにパリやミラノ、ニューヨークに高級レストランが集中しているというだけではありません。最近ではペルーのガストン・アクリオや、ブラジルのアレックス・アタラなど、かつてはまとめて「エスニック料理」扱いされていたような国の料理人も、超一級の美食のシェフとして認められています。もはや「○○国の料理」というのはあまり意味を持たなくなり、それぞれのシェフがそれぞれのオリジナルな料理を創造していくという、個人の妙技の世界へと入っていっているのです。
美食という非日常はこのように体験としてのエンタテイメントへと変化していっています。
日常の料理の面白さを知る
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。