美味しい野菜が織りなす物語
野菜の美味しさを味わってもらうためには、野菜が前面に出てくる料理をつくってもらわなければなりません。たとえばほうれん草だったら、ぱりっとしたおひたしをつくってみる。
わたしはこんなやりかたでほうれん草のおひたしをつくっています。茹ですぎたほうれん草は歯がキシキシしたり、ぬるぬるになったりしますが、このやりかたならキシキシもぬるぬるもない完ぺきに旨いおひたしがかんたんにつくれます。
◎ほうれん草のおひたし
まずボウルに冷水を流しっぱなしにして、ほうれん草を振り洗いします。根元の部分をたばねて握って、ボウルの水の中で振りながら洗う。まず根っ子側をよく洗って土をていねいに落とし、ひっくりかえして葉っぱの側は折れないようにやさしく洗う。
あらためてボウルに冷水をため、ほうれん草を活けておきます。できれば30分ぐらい。ほうれん草が水を吸って、見る間にぱりっとしてくるのがわかります。
さて鍋でたっぷりの湯を沸かし、ほうれん草を一株入れてわずか10秒。引き上げたらすかさず氷水の中に沈めます。これをひと束分くりかえしたら、ほうれん草を氷水から引き上げてやわらかく絞り、包丁で4等分。少量の醤油で和えて、深鉢にこんもりと盛ってできあがりです。
もうひとつ、玉ねぎを考えてみましょう。つかい勝手がいいので、たいていの家に常備されていますよね。
カレーライスに入れるのはだれでもやっていることだと思いますが、カレーの味に覆われてしまって、玉ねぎの本来の旨さを感じるのはちょっと難しくなってしまいます。もちろん、舌の敏感な人だったら、カレーライスの中にある玉ねぎの甘さをきちんと感じ取れるでしょう。でもそんなに食の世界に慣れていない小学生の子どもだったら? 玉ねぎのうま味を味わって、と言われてもちょっと困ってしまうでしょうね。
わたしだったら、「玉ねぎのフリッタータ」がおすすめです。これは料理研究家の米沢亜衣(現・細川亜衣)さんが『イタリア料理の本』(アノニマ・スタジオ)という本で紹介している料理です。この本はほんとうにおすすめで、装丁された本の見た目もとても美しい。箔押しされたイタリア語があって、シンプルで上品なブックデザイン。ページを開いてみると、さらに驚かされます。ページいっぱいに印刷された写真は、どれも薄暗いのです。ぼんやりとしていて、鮮やかな原色などほとんど出てきません。
だからといって美味しそうじゃないかというと、全然そんなことはないのです。何というか、こういうイメージです——南欧の強すぎる太陽の光、きらきら光る地中海の水面。そんな光景を見ながら訪ねていった先は、親しみやすい地元のおばさんが経営している食堂。中に入ると強い光は遮断されていて、ひんやりとしたやさしい薄暗がりが身体にやさしい。その食堂でおばさんは、地元の料理をそのままに出してくれる。座って待っていると、鶏とにんにくを煮込んでいるとてもいい香りが親密な空間に立ちこめてくる。
わたしはこの本からいくつかの料理のレシピを学んで、たくさんの刺激も受けました。その中でも、いちばん気に入ってときどきつくっているのが「玉ねぎのフリッタータ」です。イタリア料理店でフリッタータを頼むと、たいていは薄いお好み焼きというか韓国のチヂミのような感じで具材を入れてたまごを薄焼きした皿が出てくるのですが、このフリッタータはまったく違います。
自己流にアレンジしていますが、こんなにシンプルな料理です。