「規格外」の発想と神話破壊
小堀さんはもともとは農業や食品業界とはまったく関係のない仕事をしていました。大学を卒業し、新卒で大手銀行に入社。総合職として外まわりの営業を担当し、外貨預金や信託投資を販売していました。
銀行の仕事は決して嫌いではなく、大好きだったそうです。金融商品を販売し、人の夢をかなえてあげる。しかしやっぱり最初に目標としていた食の会社に入ろうと考え、オイシックスに入社したのです。
金融業界出身という、まったく外様の部外者である彼女が持ち込んできたのは、古い「食」の神話を破壊し、まったく新しい物語を構築するということだったように思えます。
流通のありかたも、規格も、味についての考えかたも、日本の食は古いたくさんの神話にからめとられています。
たとえば野菜や果物の流通を考えると、生産物は戦後の長い期間にわたって農協のコントロール下にありました。大きさや形、傷のありなしなどの規格こそがすべてであり、うま味がどのぐらい凝縮しているのかまで考慮されることはほとんどありませんでした。果物では1990年代から各地の農協に糖度センサーが導入されるようになって、どのぐらい甘いのかが測られるようになっていきます。しかし果物の旨さって、糖度だけではありません。酸味とのバランスが大事なんですよね。
ピーチかぶをつくっている田中さんが作付けをはじめたとき、小堀さんにこう聞いたことがあります。
「規格はどうする?」
小堀さんは大きさについてはとくに考えていなかったので、
「じゃあだいたい2、3玉ぐらいで500グラムでどうでしょう」
となんとなく決めたそうです。それまではすでに規格が決まっている野菜を仕入れるだけだったので、新しい野菜をゼロから規格も含めてつくるっていう経験がなかったんですね。ところが作付けがはじまったある日、畑を見に行ってみると、あの大事なピーチかぶが大量に捨ててあります。驚いて田中さんに聞くと、
「この前決めた規格に合わないから捨てたんだ」
という答え。農家さんにとっては規格は絶対のもので、田中さんのようなすばらしい農家さんでもそこから意識が逃れられないことを示すエピソードです。
こういう規格外のものを「ふぞろい野菜」と名前をつけて売ろうとしたところ、他の農家さんからもさんざん反対されたそうです。
「こんなもの売れるわけがない」「恥をかくぞ」
しかしお客さんたちにアンケートを採ってみると、「安全で美味しければ、形が悪くても買いたい」「規格外を安く買えるのなら嬉しい」という声が圧倒的に多かったのです。この結果を農家さんに見せて説得し、規格品よりも3割ぐらい安い価格で販売をスタートさせたところ、想像を超える売れ行きでした。
21世紀になっても「きれいな形でなければ売れない」「規格から外れたものは好まれない」というような戦後の神話が、まだ農業の世界には色濃く居座っています。
食をめぐる、昭和の時代の神話。しかしこの神話は、いままさに解体されようとしています。
野菜から生まれる家族の会話
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