桃みたいなかぶ、だからピーチかぶ
だから彼らは、伝統的な食の業界では想像もつかなかったようなことを、平気でしてしまう。
「はじめに」でも登場していただいたオイシックスのバイヤー小堀夏佳さんはある日、取引先である千葉の農家田中一仁さんの畑を訪ねていました。
目的は、夏に出荷する小玉すいかの生育状況を確認すること。しかし畑を歩いていてふと目に止まったのは、端のほうに一列だけ植えられているかぶでした。まだバイヤーになって日が浅く、野菜のことをあまりよく知らなかった彼女は、土から半身を出したかぶがずらりと並んでいるのを見て、
「かわいいー。まるで兵隊さんみたいに並んでる!」
と心を奪われたのです。田中さんは、「このかぶは旨いんだよね」とその場でひとかぶ引き抜き、土を洗って生のままのを食べさせてくれました。
「なにこれ!」
衝撃的でした。かぶとは思えないみずみずしいジューシーさで、そして甘い。
「まるで桃みたい!」
彼女は、前年に出荷してしまった桃のことを思い出していました。その桃はまだ熟していなくてガリガリで、ひどく美味しくなかったのです。会社からもお客さんからも叱られ、農家さんには「小堀さんがこの日にどうしても出してほしいというから、無理矢理出したんだよ」と言われて喧嘩になり……。
「あのときの桃より、このかぶのほうがずっと甘くてジューシーで美味しい。まるで桃みたい。このかぶを、桃かぶとかピーチかぶとか名前を付けて売ればいいんじゃないかな」
田中さんにそう提案してみると、彼は意外にも冷淡です。
「これは黒いかぶだからね……売れないんだ」
「えーっ、黒くなくて白いじゃないですか。なんで黒いかぶ?」
「皮が薄いから、洗うと傷がついて薄黒くなっちゃうんだよ」
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