第4回】戦略は明確化ではなく抽象化すべし

家電や半導体といった分野を中心に、世界を席巻する韓国企業・サムスン。その原動力は世界で最速というべき「すばやい意思決定」にあります。詳細なリサーチや顧客ニーズの把握により、新興市場を制圧してきたサムスンの意思決定術を、吉川良三・元サムスン電子常務が解説したベストセラー『サムスンの決定はなぜ世界一速いのか』よりご紹介いたします。最終回となる今回の引用は第三章「危機におけるリーダーと組織の役割」からになります。

戦略は明確化ではなく抽象化すべし

 サムスンがデザイン革命に乗り出した際、李健煕会長は「顧客は最初にデザイ
ンによって心を動かす」という言葉を口にしただけで、どのように改革を進めて
いくかは、現場の人間が判断して進めたということは前章で書きました。
 それだけではなく、李健煕会長は「常に出金と入り金を考えなさい」というヒ
ントも口にしていました。その意味は幹部たちがよく考え、企業としての体質改
善をはかっていったのです。

 組織のトップが細かいことまですべての指示をしていれば、下の人間はただそ
れを実行するだけになってしまいます。
 指示待ち人間はダメだという言い方をされますが、そういう人たちだけを責め
ることはできません。そんな言い方をしている人たちが、細かい指示を出しすぎ
ていることに問題があるのです。それよりも、李健煕会長のようなやり方をして
いれば、下の人間は〝自分で考える〟ことが習慣化されて、その能力を伸ばして
いくことができるのです。そういう環境をつくり、危機に強い組織にしていくこ
ともリーダーの役割といえるでしょう。

 戦略は明確化しなければならないと考えられがちですが、それは逆です。
 戦略の中身は明確なものであっても、部下に伝える際には抽象化しておくべき
です。
 戦争を考えてもそうですが、戦略を明確化することは本来タブーです。相手の
戦略がわかれば、その対策は簡単に立てられます。戦略が外に漏れたとすれば、
敵に塩を送るようなものになるのです。

 戦略を戦略と気づかせずに、兵や部下を動かす。
 こうしたやり方が競争に勝ち抜く極意です。

 「顧客は最初にデザインによって心を動かす」といった言葉や「常に出金と入り
金を考えなさい」といった言葉を第三者が聞いても、それを戦略だと受け取るこ
とはまずありません。しかし、それを聞いた部下たちがそこから李健煕会長の真
意を汲みとれば話は違ってきます。

 李健煕会長の場合、こうしたヒントを出したあとに「何かいい考えがあったら
教えてくれ」と言っておくこともよくありました。そこで、「こういうことを考
えました」と提案されたときには、「なるほど、それはよくわかる。ただそれは
あまりにも常識的な考え方だ。もっと常識にとらわれないアイデアはないか」と
いうふうに聞きだしながら判断していくようにしていたものでした。そのように
して、結果的には李健煕会長の思い描いた戦略どおりに動いていくことになるわ
けです。

 トップダウンとは「上意下達」と訳すことができます。この場合、トップが決
めたことだから理由は聞かずに言われたとおりやればいいと意味になりますが、
李健煕会長のやり方はそれとはまったく違います。
 「こうしたらどうでしょう?」と下の人間に提案させて、「それはいい」「それ
は考え直せ」と判断していきます。造語になりますが、いわば〝下意上達〟のや
り方です。

〝多くを語らず自分たちで考えさせる〟

 これが李健煕会長の人の動かし方です。グローバリゼーションの時代だからこ
そ、上に頼らず道を切り拓いていくための〝考える力〟を育てていかなければな
りません。その部分からいっても、こうした方法論は理にかなっています。

 また、こうして社員に大きな役割を持たせていながらも、最終的な判断はトッ
プが下しているので、そこに誤りがあればその責任はトップがとることになるの
です。

 このようなかたちで人を育成しながら動かしていくのがトップといえます。
 決定がトップに求められる仕事のようにも考えられがちですが、トップが下す
のは決定ではなく判断であるのがベターです。

 そうなっていれば、すべてのことがスピーディに進められていきますが、すべ
てがトップ任せになっていればそうはいきません。その場合、すべてがトップの
〝指示待ち〟になるので、実行に移していくタイミングが常に遅れてしまいます。

本社と事業所の関係性

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サムスンの決定はなぜ世界一速いのか

吉川良三

3月にシャープに約100億円の出資を行って第5位の株主となり、話題となったサムスン電子。その強みは、2009年に進出した中国のスマートフォン市場にて、2012年にはシェア首位を獲得するといった〝世界の新興市場を、最速で制覇する〟ことに...もっと読む

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