23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性、千葉県出身。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
「全員そろったようなので、これより第102回、日本ポリティカル・コレクトネス委員会の総会を始めます」
私が着席すると、司会の鳳凰院平等堂さんが言った。
「そういえば、いつも参加している古見宇博士がいませんが……」
「古見宇博士には『SNSをまろやかにする』発明を依頼していたんだけどな」
全日本まろやか協会の麻呂会長が博士を探すように首を回した。
「あ……あの……一応、代理の者です」
私はおそるおそる手を挙げて言った。
「古見字発明研究所で博士の助手を務めているニケです。今日、博士は別の学会で海外へ行っているため、代理で出席しました」
「そういうことですか。承知しました」
鳳凰院さんが頷いた。
博士に「総会に代理で出席して欲しい」と頼まれてから、私のような凡人が出席していいのかずっと不安だったけれど、出席者の方々は特に何も言ってこなかったので、少しだけ気分が楽になった。
「あと、博士から伝言を頼まれているのですが、今大丈夫ですか?」
「どうぞ」と鳳凰さん。
「『僕の発明によってSNSはまろやかになったと思われるので、ご安心ください』とのことです」
「なるほど。それなら安心ですね。では会議を始めましょう。えー、本日の議題は『野球』、すなわち『ベースボール』です」
鳳凰院さんが続けた。
「まずは、今回の議題を提案した『日本から暴力表現をなくす会』のドス川チャカ子さん、よろしくお願いします」
大きな会議室の、コの字型に並んだテーブルの角に座っていた女性が立ち上がった。
「ご紹介に預かりましたドス川です。本日の議題の提案に至った経緯としては、私の8歳になった長男のハジキが『野球をやりたい』と言ったことがきっかけです。それまでまったくくわしくなかったのですが、息子が習うスポーツとして正しいのか、野球ついて少し調べてみました」
「そういう経緯だったんですね」
「はい。それで、えー、まず結論から言いますと、野球はポリティカル・コレクトネス的に言えば問題だらけです。私は息子や他の子どもが安心して習えるよう、いくつかの表現を直す必要があると思い、議題を提案しました」
「ドス川さん、ありがとうございます。それでは、具体的に野球のどの点が問題なのか、ご指摘ください」
「まず、そもそも論になりますが、『ベースボール』という名前です。言うまでもなく『ベース』には『基地』という意味があり、これは戦争を想起させるものです。ですので、私は『ベースボール』を新たに『モラルボール』と改名し、スポーツにおけるポリティカル・コレクトネスの旗頭にしたいのです」
ドス川さんがそう発言すると、大きな拍手が鳴り響いた。
「素晴らしい!」「先進的な考えだ!」「目の付け所が違う!」などという声が会場中から聞こえた。
私は無難に、他の人と一緒に拍手をすることにした。
「私が野球に注目したのは、それだけではありません——」ドス川さんが拍手を制した。
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