23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性、千葉県出身。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
浜辺で出会った妙な博士から連絡がきたのは、数ヶ月後のことだった。「ついに恋愛コミュニケーションの答えを見つけた」とのことで、どうやら新しい発明品のテスターを探しているらしい。
変な人だったけれど悪い人ではなさそうだと思ったし、「恋愛コミュニケーションの答え」というのも気になったので、私はテスターをやってみることにした。
私は休日に電車を乗り継ぎ、「古見宇発明研究所」という場所へ向かった。
研究所は郊外の静かな場所にあり、平屋建てで一軒家ほどの大きさだった。
入り口のインターホンを押すと、中からすぐに博士が現れた。
「ああニケ君、ちょうどよかった」
クマのできた博士が目をこすりながら言った。「さっき最後の調整が終わったところなんだ」
「あの、テスターの件なんですけど……」
「ああ、もう最後の設定をすれば使える状態にしてあるよ。とりあえず発明品の説明をするから、中に入って」
私は「はい」と頷いて、博士に続いて研究所の中に入った。
短い廊下を抜けた先に何もない広い部屋があって、壁際にいくつものダンボールが積まれている。
「まだ引っ越してきたばかりなんだ」
「以前にも研究所があったんですか?」
「アメリカにラボがあったんだけど、日本で発明の研究をすることにしたから引き払ってきた」
「そうなんですか」
博士はその部屋にあった三つのドアのうち、正面のドアを指した。
「あそこが僕の研究室なんだ。研究関係のものは全部あそこに置いてある」
「なるほど」と私が正面のドアに向かうと、博士は「いや、研究室は散らかっているから、ニケ君はこっちの部屋で待ってて」と左のドアを指した。
ドアを開けると、そこは会議室のような部屋らしく、長いテーブルとホワイトボードが置いてあった。部屋は殺風景で、それ以外には何も置かれていない。
少しして、博士がタブレットを持って入ってきた。
「ニケ君は、将棋って知ってる?」
「もちろん知ってますよ」
「ルールはわかる?」
「細かいことはわかりませんが、王さまを取り合うゲームですよね」
「うん。まあ、それがわかれば十分だ」
「将棋が発明品と何か関係あるんですか?」
「大アリだよ」と博士が頷いた。「最近、コンピューターが実際の棋士たちに将棋の勝負で勝っていることって知ってる?」
「ああ、なんか聞いたことがあります。コンピューターが強くなっているんですよね」
「そうなんだ。じゃあ、どうしてコンピューターが強くなったかは知ってる?」
「パソコンが進化したからじゃないんですか?」
「それもある。でも、それだけじゃないんだ」
「何があったんですか?」
「評価関数という仕組みだよ」
「ヒョーカカンスー?」
「評価関数というのは、それぞれの状況がどれだけ自分にとって有利かを数値化する仕組みなんだ。
将棋では、王将がかならず取られてしまう状態のことを『詰み』と言うんだけど、それは勝負の最後。将棋には『詰み』以外の局面がほとんどだ。有利な局面では数値が高くなり、不利な局面では数値が低くなる。その評価関数を正確に設定することができれば、その一手が『詰み』に近いかがわかり、より勝負に勝ちやすくなるってわけさ」
「は、はあ」
「と、ここまで聞いて、何かピンと来ない?」
私は博士の長い説明を思い出しながら、何もピンときていないことを再確認した。
「いえ、まったく……」
「つまり、将棋っていうのは王将を取ることが目的のゲームで、局面ごとに有利不利が存在する。その判断を人間より正確にできるようになって、コンピューターは強くなった」
「それはわかるんですけど、その話がどう繋がるのかが……」
「恋愛だよ」と博士が胸を張った。
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