どう見ても変質者
色づいたケヤキの葉が風に舞う。
家の前の公園を、以前はうっとり眺めていた。
しかし畑を始めて最初の秋、落ち葉を見る私の目は一変したのだ。
これが欲しい! 腐葉土を作りたい!
材料はそれこそ腐るほどあるし、自分で作ればタダなんだから。
「問題は、だれが落ち葉を集めるかってことなのよ」
家の前の公園。ケヤキの葉が美しく色づいています。これを集めて腐葉土を作ろうと目論んだわけです。
「そんなのキミに決まってる」 議論の余地なしと、夫は言った。
「私にできるわけないでしょ!」
自治会のお掃除デーにも出ない私が、突然公園を掃き始めてみろ。たちまち近所のうわさだよ。
「じゃあ、闇にまぎれて夜やればいい。とにかくぼくはしません。腐葉土小屋なら作ってあげます」
週末、夫は私にガラ袋と熊手を買い与えた。ガラ袋は、口にひものついた運搬用の袋。熊手は、酉の市のじゃない、農具の熊手だ。
「落ち葉かきに、熊手は最適だからね」
見たことはあるが、使ったことは一度もない。
「ほんとに私がやるの? どうしても私がやるの?」
「腐葉土を作りたければ、それしか道はないよ」
がまんしろ私。自分で作ればお金が節約できるんだ。ブーツを買うか、腐った葉っぱを買うか。どう考えてもブーツだろ?
翌日、私は心を決めた。
まず、茶色い服を着て、枯れ葉に擬態できるようにした。帽子を目深にかぶり、マスクをして軍手をはめ、最後にガラ袋と熊手を持って、鏡の前に立ったのだ。
「……ぜったいムリ」
こんな格好で外に出られるわけがない。何よりこの熊手が、異常さを際立たせている。たしか西遊記の猪八戒が、こんな道具を振り回してたぞ。
「耐えられん」
私は熊手を置き、代わりにベランダを掃くほうきを手に、家を出た。
熊手です。ちなみに猪八戒が振り回しているのは、馬鍬の一種だそうです。
時間はかかるけど、目立つよりはまし
公園には、大小十数本のケヤキやサクラがある。それがどっさり葉を落とし、キルトを広げたようだ。しかし私には、美しさを愛でるゆとりなどない。
まずは深呼吸。ほうきをもつ腕をのばし
(よし、やるぞ)
落ち葉をひと掃き、引き寄せた。
——ガガザーッ!
(ヒ~ッ!)
たまげたなんてもんじゃない。落ち葉を掃くのに、こんな大きな音が出るなんて!
(これじゃあご近所中がベランダに顔を出すぞ。どうしよう。どうすればいいんだ……)
考えた末、私はほうきを置いた。手で、落ち葉を拾い始めたのだ。
木の幹やベンチに体を隠しながら、拾っては袋へ、拾っては袋へ。
(うー、時間がかかるなぁ。でも大きな音を出して目立つよりはましだ)
やっとのことで2袋集めると、私は袋を背負って一目散に逃げ帰った。
「たった2袋じゃ、カブトムシを飼うくらいしか作れないよ」
その夜、夫はあきれて言った。
「それにこの袋の中、空気ばっかりじゃない。もっとぎゅうぎゅうに詰めなくちゃ。最低でも20袋は必要だよ」
「ムリだよ! 妻が近所のさらし者になって平気なの!」私は泣いて暴れた。
「ぼくも週末には手伝うから。それまで頑張りなさい」
しかたなく私は、翌日も公園に出た。
「ブーツじゃなくて腐った葉っぱを買うことになってもいいのか?」そう自分に問いかけ、思い切って熊手を持っていったのだ。
(やるぞ。一気にやるぞ)
目をつむって深呼吸。熊手をかまえ、落ち葉をひとかき、引き寄せた。
——ガガザーッ!
音は相変わらず大きかったが、それより驚いたのが熊手の威力だ。
ひとかきで大量の葉を集め、2~3かきで、落ち葉の山を作り上げたのである。それを袋に詰めさえすればいいのだ。
(すごいな、熊手って。はじめから使っとけばよかったよ)
前日より短時間で3袋も集め、私は大満足だった。
うれしくて、写真を撮る余裕もでました。「落ち葉に熊手」ということわざでも作りたいくらいです。
まさかのライバル出現!
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