【知恵】7月9日 土曜日
週1で通っているパーソナルトレーニングを終えて、知恵は午後1時に六本木のグランドハイアットのダイニングの一つ「オークドア」にいた。女友達とランチのためだ。ホテルのレストランというだけあって、天井が高くてテーブルの間隔が広くゆったりしている。レストランのエントランスは高さ2メートルくらいのオーク素材のドアだ。店の名前はここに由来する。
「最近どう?」
ハンバーガーを頬張りながら、知恵は言った。ハンバーガーには、付け合わせでオニオンリングとフレンチフライがつく。
「どうって、まぁふつーだよ」
留学時代に知り合った女友達で、合コン仲間の由美が答える。
「この前行ってた渋谷のボルダリングはどうだった? 楽しかった?」
「あ、それね! それがさぁ、すっごく面白かったよ。ていうか、隣でやってた男性グループの1人が声かけてきて、その後みんなで一緒にご飯食べに行ったんだよねー」
「えーうそー! いいじゃん! どんな感じの人だったの?」
知恵は女友達の話を聞くのが好きである。他人が経験していることを、まるで自分も経験しているかのように感じられるから。
「知恵は最近どうなの?」
「私もふつーだよ。あ、この前の合コンで出会ったトシくんに誘われて飲みに行ったよ。覚えてる? シンクタンクに勤務してるいかにも理系って感じの人。まぁまぁ面白かったよ」
「えー! まさかのトシくん!? そこ!? まぁ、い、いい人そうだよね」
知恵ははっきり言って男の外見を気にしない。だからモテなさそうな男性と飲みに行くと、こんな風に友達に驚かれることがしばしばある。
知恵から言わせてみればこうだ。
顔だけ良くても別にお金にならないし、顔なんてオッサンになっちゃえばみんな同じ。それよりも大切なのは、その男がどんなバックグラウンド出身で、今どんなポジションでどんな仕事をしてて、今後どれだけの伸びしろがあるかということ。結婚するなら、今の生活レベルは落としたくないからそれなりに稼いでる人がいいし、将来優秀な子供を産むためには優秀な遺伝子が必要っていうだけ。
平凡なサラリーマンよりはポテンシャルがあって面白いことをしている人との方が面白い人生が送れそうなので、どちらかというと起業家や研究者の方が好きだ。
23歳の知恵は合コンによく行くが、合コンが大好きというわけではない。好奇心旺盛で積極的なほうだが、そのわりには警戒心が強く自意識過剰のため、合コンで持ち帰り目当ての男性にひっかかてしまうんじゃないかと気が気でないからだ。
しかし、効率的に「ハイスペックな男性」とは出会いたいため、どの時間帯にどこに行けば優秀な遺伝子が揃っているのかと、研究熱心なのである。
いい男と効率的に出会い、その中から知恵のことを誘ってくる男とデートし、さらにその中から知恵に対して熱心な男をふるいにかけて残った男と付き合うというのが知恵の戦略だ。
知恵は自分のことを絶世の美女だとは思っていない。でも、若い女がそこそこきれいな格好をして、しかるべき場所でしかるべき振る舞いをすれば、自分の望む男性は誰だって手に入れられる。大事なのは、男性の需要を理解して、そこにフィットするものを供給することである。
六本木にあるヘッジファンドでマネージャーのアシスタントをしている知恵は、いいユニバースから、いい銘柄を選ぶように男を選ぶ。
知恵は来週の土日も、その次の週の土日も予定が入っている、リア充な東京のOL。今日も知恵は良い情報収集ができたと、満足して帰路につく。
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7月15日 土曜日
今日は、滝沢という、不動産系のグループ会社オーナー社長とのランチだ。滝沢は39歳の既婚者である。プライベートで既婚の男と会うのなんて時間の無駄でしかないが、強烈な男や特別な体験をさせてくれる男については、話は別だ。
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