十四
岩倉具視が謹慎しているのは、洛北実相院近くの小さな家だった。平屋建ての粗末な家で、妻子を実家に帰し、岩倉一人が住んでいるという。
「こんなところにいるのか」
その茅葺のあばら家を見た時、大久保がつい漏らした。
「どうやら、ここのようです」
伊東から詳しく聞き込んでいた場所と、その家の姿から、ここが岩倉の寓居に間違いない。
表口で来訪を告げると、中から無愛想な男が出てきた。
謹慎処分となった時に出家をしたので、髪型は法界坊(五分刈り頭)である。
「薩摩藩の大久保一蔵に候」
「同じく川路正之進に候」
「わしが岩倉具視だ。こんなところまでよくぞ来られた。まずは入られよ」
岩倉の居室に案内された二人は、小さな机を挟んで岩倉と向き合う格好になった。
襖には、漢詩か何かを書き散らした紙がところ狭しと貼られており、岩倉の焦燥感や鬱屈した気持ちが伝わってきた。
覚束ない手つきで襖を開けた老婆が、盆に載った茶碗を置いていった。岩倉が動かないため、利良が岩倉と大久保の前に茶碗を置く。
「あらためまして───」
大久保が自己紹介すると、岩倉が「そちらの方は」と問うてきた。同じように自己紹介していいのかと思い、利良が口を開こうとすると、大久保が「護衛役にすぎません」と答えた。
それで岩倉は納得したらしく、利良を無視して話を始めた。
岩倉は薩摩藩の唱える公武合体策に賛成であり、このまま幕府の独走を許してはならないと力説した。さらに雄藩会議によって新たな政治体制を整え、外圧に対抗していくべきだと論じた。
「ご高説、ご尤もと存じます」
大久保は、うまく相槌を打ちながら岩倉の話を聞いている。
「むろん雄藩会議となれば、柳営(幕府)は不要となります」
───つまり幕府を倒すというのか。
話の成り行きに利良も瞠目した。
岩倉は話が一段落する度に、その三白眼で大久保を見つめる。反応を確かめているのだ。
ところが大久保は、何も持論を述べずに相槌だけ打っている。
大久保が常々、「まず相手に語らせる。こちらは黙って聞く。決して言質を与えてはならない」と言っていたのを、利良は思い出した。
「大久保さんは、どう思われる」
痺れを切らしたかのように岩倉が問う。
「はて───」
大久保は腕を組んで黙り込んでしまった。その態度に、岩倉は少し鼻白んだ。頭の回転が速いだけに書生臭さが抜けないのか、岩倉は感情を顔に出してしまう。まさに議者や小才子にありがちな態度である。
「大久保さん、古き物は決して新しくはなりませぬぞ」
「───」
「新しくならぬのなら、なくしてしまうに越したことはない」
そこまで言われても、大久保は無言である。
「薩摩の方々は、いまだ知らぬとは思いますが───」
岩倉が思わせぶりな言い方をする。
───此奴は何か手札を持っている。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。