料理の成功、失敗ってなんだろう
松浦達也(以下、松浦) 前回の「超料理苦手女子」や「手順・分量指示待ち女子」……と言ったら叱られるかもしれませんが、料理って失敗しながら覚えていくものだと思っていたんですが……。
草深由有子(以下、草深) 失敗するのが怖いのかもしれませんね。特に料理し慣れていない人ほど、失敗を怖がる傾向はあるのかも。間違えたとき、修正のしかたがわからなかったりもするでしょうし。料理が苦手な方の話をきくと、せっかく頑張ったのに失敗してしまうと取り返しがつかなくなりそうなのがいやなのかもしれません。ゆで卵は割れるけど、生卵が割れないという人もいました。
松浦 失敗の先にしか得られないものってあるはずですよね……。でも、ざっくり目安の手順・分量があって、味見をしながら作れば食べられないほどまずいものなんて、そうそうできないと思うんですが。
草深 特に卵は気軽に扱える素材ですから、いろいろ試してみるといい素材だと思います。『卵ドリル』にもゆで卵のバリエーションだけで、たくさん載ってますし。
松浦 最初はゆで卵だけで一冊作るくらいの勢いでスタートしてたんです。そもそもの構成では第一章がゆで卵で、第二章にオムレツとか卵焼きが来る予定……だったんですが、実際に上がってきた下刷りを見たら、ツカミにならなきゃいけない第一章がもう地味で地味で。
草深 そんな。ゆで卵がかわいそう(笑)。
松浦 や、本当なんですよ。6ページくらいまったく同じようなゆで卵の断面が続くから、「ヤバイ!」とあわてていくつかのメニューを入れ替えて自分で再撮。その上で、一章と二章を丸ごと入れ替えました。再校の段階でもページ構成を動かしたり、かなりぎりぎりまで細かい調整をしてました。
草深 それは相当ですね。再校ってふつう、誤植や校閲の反映漏れをチェックするものじゃないですか。
松浦 僕もドキドキしたんですけど、マガジンハウスの編集者の方も「そのほうがいいですね!」って乗ってくださったし、表紙なんて僕の知らないところで編集さんとデザイナーさんが、印刷会社に何回も刷り直しをお願いしてくださったみたいで。
草深 愛されてますねえ。
松浦 愛されてるのは僕じゃなくて企画のほうなんでしょうが、それはそれで……。
草深 ねえ。いいじゃないですか(笑)。ところで、さっきのゆで卵もそうですけど、今回、レシピ選定ってどういう基準でされたんですか。それこそ卵なんて無限にレシピがあるじゃないですか。
松浦 絶対の基準はおいしいこと。これが最優先です。その上で、再現性や昔のメニューの掘り起こし、味のアップデートみたいなものを軸に据えました。当初のメニュー候補は150くらいありましたけど、結局三分の一以下になっちゃいました。
「出落ち」で落ちた伝説の卵料理
草深 候補に登ったのに掲載に至らなかったメニューにはどんなものがあったんですか。
松浦 例えば「黄身返し卵」とか。
草深 あ、外側に黄身、内側に白身という、見た目が楽しいゆで卵ですよね。どうして落とされたんですか?
松浦 再現性が低いんですよ。書籍やネットのコンテンツだとコツがつかみにくい。文字情報だけだと、かなりの卵をムダにしないと再現できないし、たぶん動画でも厳しいんじゃないですか。卵を振ったときの微妙な音の変化がキモですから。しかもそこまで手をかけても、驚くほどおいしいというわけでもない。見た目はちょっと面白いけど、再現性が低くて味が普通って「出落ち」だなあって。
草深 出落ちって(笑)。江戸時代からの伝説料理なのに!
松浦 黄身の醤油漬けや味噌漬けもそうですね。一定の仕上がりが見込めますが、一瞬の流行りの後作らなくなっちゃうメニューの代表格で、今回はわざわざ取り上げる必要もないかなって。中国の塩漬け卵、鹹蛋(シェンタン)はかなり悩んだんですが、生卵を塩水に浸けて1か月漬けるという手法だと、実用度が低かったので盛り込みませんでした。
草深 逆に、すべり込んだメニューは?
松浦 ゆで卵ゾーンの「ウフマヨ」は最後の最後に差し替えで投入された子です。見た目もかわいくて楽ちんだし、あれ一品あるだけでパーティや飲み会がラクになる。本では3種類のバリエーションを紹介しましたけど、応用展開も含めていろいろ楽しめると思います。
草深 昔のメニューの掘り起こしというのは?
松浦 福岡の「けんちゃん飯」とか静岡の「たまごふわふわ」あたりですね。特に「けんちゃん飯」は、いま福岡でもほとんど食べられていない。『聞き書 日本の食』という風土食の口伝本に残されたものをベースに、具の量を増やしました。日本が質素だった頃のレシピですから、そのまま再現するとどうしても物足りなくなってしまう。
草深 あれ、面白いですよね。生卵を使った炊き込みごはんって、あまり見たことない気がします。
松浦 炊きあがりに生卵をざばっと混ぜ込んで蒸らすと、ちょうど花が咲いたようになる。僕もやってみるまで半信半疑でしたけど、作ってみると素朴な味わいがしみじみおいしくて、気に入っています。
V系ロックバンドのボーカリスト直伝アイスクリームが掲載されている理由
草深 そういえば、今回の本にはお知り合いから教わったというレシピもいくつか掲載されてますよね。
松浦 あ、そうです。ふだんからお世話になっている、西早稲田の八幡鮨さんからは俗に「寿司玉」とか「カステラ」と呼ばれる、薄焼き卵を。『dancyu』の企画で「練りウニの半熟玉子」を教わった仙台の居酒屋「生計(たつき)」の永武さんにもお世話になりましたし、ビジュアル系ロックバンドPENICILLINのボーカル、HAKUEIさんからは「糖質オフアイスクリーム」の作り方を教わってます!
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