インティライミは写真を撮る時ジャンプする
パソコンを長年使っていると、キーボードの一部が手垢で黄ばんでくる。普通、真っ先に黄ばむのはSpaceキーとEnterキーだろう。でも、ナオト・インティライミのパソコンは「shift」と「1」のキーから黄ばむのではないか。「shift」+「1」で出てくるのは「!」だ。2冊で計1000ページにおよぶ彼の旅日記を通読したが、印象としては改行と同じくらいの頻度で「!」が出てくる。つまり、常に興奮している。新たに出会った人と意気投合したら「!」、悩みを克服したら「!」、ここでしか見られない景色にうっとりしたら「!」。マーク・ザッカーバーグはインティライミに影響を受けて「like」に「!」をつけたと吹聴したくなるほどの頻度だ。「Facebookの『いいね!』が巻き起こすストレス」みたいな記事を時折見かけるが、そのストレッサーを探すとそこにはインティライミ的な肯定力があるのではないか。
彼が旅先で写真を撮るときには、相当な頻度でジャンプする。ベネズエラでの写真には、「滝の前でももちろんジャンプ!」(『世界よ踊れ』)とのキャプションがある。ジャンプするのは「もちろん」なのだ。文庫のカバー写真でもジャンプ、ウユニ塩湖でもジャンプ、とにかく様々な場所でジャンプする。この世に生を受けてから自発的にジャンプをして写真を撮ったことはないが、なぜならばジャンプする写真を撮るためには、「自分がジャンプしている写真を撮って欲しい」と友人などにお願いし、「1、2、3でジャンプするね」などとジャンプするタイミングを伝達し、撮ってくれた写真を確認する(ダメな場合は撮り直してもらう)という、幾層にも重なったコミュニケーションが用意されているからだ。観光客が乱用する自撮り棒は迷惑に感じることが多いが、あれが非ティライミ派の助けとなっているならば、私はあれに寛大になる。
バーべキューで肉を焼いて勝手に取り分けるタイプ
主に河川敷で行われる、イケイケな不特定多数で構成されたバーベキューが苦手な人は多い。私ももちろんその一人だ。最終的に上半身裸となり河川に身を投げてはしゃぐ誰かは、はしゃぐまでは献身的に肉を焼いている。こちらが頼む前から率先して肉を焼き、肉が焼けたよと紙の小皿に勝手に取り分けてくる行為にこちらはその都度たじろぐのだが、あちらはピースの象徴くらいに思っている。ピースフルな環境下では肉の取り分けに加害が存在していることを指摘する選択肢は用意されないので、紙の小皿に積もっていく肉を必死に消化していく。「とうもろこしは早い者勝ちだな!」とか「野菜はもういいよ! 肉だ! 肉だ!」などとその他の細かい方針をも豪快に決めていくのだが、そういう「!」の裏で「とうもろこし食べたいけど……」「もっと野菜食べたい……」といった「……」が踏み潰されていることにはいつまでも気づかないのである。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。