四
その日、いつものように大根を積んだ荷車を引いて畔を進んでいると、向こうから城下士らしき少年たちがやってきた。
───なんで、こんなところを通るんだ。
おそらく誰かの発案で、近道をしているに違いない。だが畔は人一人がやっと通れる幅しかなく、相手をやり過ごすには、半町ほど後方の十字路まで戻らねばならない。しかし荷車を反転させることはできず、利良は車を逆に押す羽目に陥った。
荷車は前に進んでいる時は安定するが、後ろに戻ろうとすると、とたんに蛇行を始める。
利良は懸命に押したが、すぐに車輪が田に落ちそうになる。振り向けば、少年たちは歩度を緩めず、こちらに向かってくる。
利良は懸命に車を押すが、車は言うことを聞いてくれない。
その時、百姓が休憩するためか、畔が少しだけ広くなり、切株が置いてある場所があった。
───何とか、あそこまで戻らないと。
利良は懸命に車を押し、少年たちが来る前に、その場所に着くことができた。これなら縦列になれば、車の横をすり抜けられる。
ほっとしたのも束の間、少年たちがやってきた。皆、上質の薩摩絣を着ており、一見して裕福な城下士の子弟だと分かる。
正座した利良が頭を下げていると、くすくす笑いながら、少年たちが近づいてきた。
「ああ、ここにあっとは何よ」
「荷車んごった」
「そいどん、こいがあったら通れんな」
「いけんすっか」
少年たちは空々しく会話を交わしている。彼らが、何か企んでいるのは明らかである。
「しょうがんな。通れるごっしもんそ」
「しもんそ。しもんそ」
少年たちは、荷車に載っている大根を田んぼに投げ捨て始めた。
それを見た利良が、たまらず怒鳴る。
「堪忍しやったもんせ!」
利良が少年たちの前に土下座すると、一人が言った。
「うんにゃ、島大根じゃっち思たが、こいは人か」
「どうか堪えてやってくいやい」
利良が懇願する。
「何を堪ゆっとか」
利良の眼前に大根が落とされると、少年の一人が踏み付けた。
大根は無残につぶされ、白い実が泥と混じり合う。
───人様の腹に収まるはずだったのに。
涙が込み上げてきた。
ちょうど今朝、父の正蔵が笑みを浮かべて、「こいは、よう実っちょ」と言い、引き抜いた一つである。
「なんよ、泣いちょっとか」
別の一人が利良をのぞき込む。
「泣いちょらん!」
開き直った利良が顔を上げると、少年たちは驚いたようだ。
「何か文句あっとか」
一人が虚勢を張るようにいきまくと、別の一人が笑いながら言う。
「大根葉んくせに、こさっな野郎じゃ」
「大根葉」とは薩摩弁で「役に立たない」、「こさっな」とは「生意気な」という意味である。
「いっちょ、やきを入るっか」
「おう、すっが」
一人が蹴りを入れてきた。
「うわっ」
その一撃をまともに顔に受けた利良は、背後にのけぞるように倒れた。
すかさず腹を隠すように俯せになると、蹴りの嵐が背や尻を襲う。
その時である。
「ちっと、待っくいやい」
少年たちの背後から野太い声が聞こえた。
「いったい、いけんしたとですか」
声の主は、少年たちをかき分けるようにして近づいてくると、利良の肩を抱いた。その掌は分厚くて温かい。
「泣かんとよ」
はっとして顔を上げると、黒く大きな瞳が、じっと利良を見つめている。
───この人は、誰だ。
その瞳は赤子のように澄んでいる。
「何な、おはんは」
「ちょうど通いかかった者です」
「嘘を言な。おいたっとおんなじで、外城士の腹切りを見に行くんろ」
その噂は利良の耳にも入っていたが、生活に追われる身には、それを見に行く余裕などない。
「おい、名をば名乗らんか」
少年たちの一人が問う。
「おいですか」
「おう。そうじゃ。そん太か顔は知っちょっどん、おはんの名は知らん」
「太い」とは「でかい」の謂いである。
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