走狗

禁門の変

元治元年(1864年)7月19日、禁裏(御所)前で幕府軍と長州藩が衝突。
薩摩藩士・川路正之進利良は、蛤御門で敵将を一撃で仕留め、長州藩は撤退を余儀なくされた。
下層武士から警視庁長官まで上り詰めた川路利良の物語がここから始まる。


 大将が撃たれたことで、長州藩兵は総崩れとなった。それを見た薩摩・会津両藩兵は、かんはつ入れず掃討戦に移る。

 蛤御門が開かれ、薩会両藩兵が鉄砲水のように飛び出していく。一休みした利良も皆に続いた。

からす通では、逃げるのをよしとしない長州藩兵が、追いすがる薩会両藩兵と斬り合いをしている。双方共に凄まじい気合を発しつつ、これまで鍛えてきた武技の限りを尽くす。

げん流の甲高い叫びと、神道無念流の腹底に響くような気合が交錯する。もはや飛び道具を使おうとする者などいない。

 だが長州側の劣勢は覆い難く、次第に押され、討ち取られる者も多くなっていく。

 中には、何人もの薩会両藩兵を相手にする長州のもおり、烏丸通はしぶきが飛び散る修羅場と化していた。

 相手を探しつつ利良は烏丸通を南下した。するとだい邸の前で、斬り合いをしている者たちが目に入った。

 一人の長州藩兵を三人ほどの味方が囲んでいる。中立売御門を守っていた福岡藩兵二人と、薩摩藩の外城士らしき者が一人だ。福岡藩兵がいることで、中立売御門から戦いつつ、ここまで来たと分かる。

 ───あれはすけはちか。

 外城士は、与力仲間のかわかみ助八郎である。

 川上は予備隊として、禁裏北方にある薩摩藩ほんまつ藩邸に詰めていた。それがここまで来ているということは、勝ちが明らかとなり、予備隊にも出撃が許されたのだ。

 その時、間合いを詰めていった福岡藩兵が左上段から振り下ろした一撃を、右十字に受け流した敵は、横殴りに二太刀目を浴びせようとする福岡藩兵の右前方に位置を変え、福岡藩兵の左小手を叩いた。

 鮮血と共に左手首が飛ぶ。

「うわっ!」

 続いて敵は、思わず片膝をついた福岡藩兵の喉をいだ。

 血飛沫が尾を引くように飛び散り、一瞬後には、音を立てて血糊が落ちてくる。

 声も上げられず、福岡藩兵がその場にくずおれる。

 これを見て血相を変えたもう一人の福岡藩兵が、激しく突きを繰り出す。それを冷静に見極めた敵は、相手の突きをはたいて間合いの内に入った。これに慌てて飛び下がった福岡藩兵は、上段に構えると、真っ向から斬り下ろした。

 ───まずい。

じきしんかげ流免許皆伝の利良には、次の瞬間に何が起こるか、はっきりと分かった。

 頭の位置をずらし、最小限の動きで福岡藩兵の斬撃をかわした敵は、的が外れて引き戻そうとした相手の剣先を下に流すように送り出し、相手が前にのめったところで胴を抜いた。

「ぐわっ」

 それでも体勢を立て直そうとする福岡藩兵に対し、飛びのいて距離を取った敵は、振り向きざまに脳天に一太刀浴びせた。

 真紅の血と真っ白なのう漿しょうを同時に噴き出させつつ、福岡藩兵は力尽きた。

 すべては一瞬のことである。

 こうなっては戦わざるを得ない。

「助太刀しもす!」

 ようやく駆け付けた利良が、川路家に代々伝わる名刀・たかはしながのぶ二尺七寸四分を構える。

「正之進、おいの獲物じゃ。助太刀無用!」

 川上助八郎が怒鳴る。しかしその腰は引け、一対一で勝てるとは思えない。

「助八、おはん一人では、とてもかなわん相手じゃ」

 激しく返り血を浴びた敵は、肩で息をしているが、寸分の隙もない。

「助八、斬られっど」

「せからしか(うるさい)!」

 そう言い捨てると川上は、「きえー!」というちょうせいを発しつつ、示現流独特の「もちかけ」で斬り掛かった。

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2016-12-19

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伊東潤デビュー10周年の集大成 警察の父・川路利良大警視(現:警視総監)の生涯を描いた長編時代小説 明治維新――。それは、謀略渦巻く、弱肉強食の時代。 純粋な志を持つ男たちが、権力を握るや、醜い修羅へと変わってしまう。 薩摩藩の下...もっと読む

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