第1回】「意思決定の速さ」がなければ生き残れない時代

家電や半導体といった分野を中心に、世界を席巻する韓国企業・サムスン。その原動力は世界で最速というべき「すばやい意思決定」にあります。詳細なリサーチや顧客ニーズの把握により、新興市場を制圧してきたサムスンの意思決定術を、吉川良三・元サムスン電子常務が解説したベストセラー『サムスンの決定はなぜ世界一速いのか』よりご紹介いたします。今回の引用は序章「『意思決定の速さ』がなければ生き残れない時代」からになります。

グローバルな戦いは「トーナメント」

 世界の産業構造は「国際化」から「グローバル化」へと大きく変化しました。

 いま、日本経済は危機的状況にありますが、この変化に気づいて、国際化とグローバル化の違いを理解している人が少ないことこそが最大の問題です。

 海外に進出している日本の企業はもちろんあります。ただし、大半の企業は、コスト削減を考え、安価な人件費を求めて工場を移転させているのに過ぎません。海外で製品を販売している場合にしても、日本でつくって流通している商品をそのまま売ろうとするだけです。

 そのような展開をみせている経営者は「うちの会社はグローバル企業だ」と胸を張りがちですが、そういう意識でいるうちは決して将来的な展望は拓けていきません。
 そんな企業は〝世界で戦うための真のグローバル化〟がどういうものなのかをまるで理解ができていないからです。
 それを理解し、そこから考えた戦略を実行した韓国は、危機的状況を乗り越え、世界的な成功をおさめました。その一方、それを理解できず、何も行動に移せずにいる日本はいつまでも暗いトンネルを抜け出せずにいるのです。

 とにかくまず頭に入れておかなければならないのは、日本がいまだに生産拠点としてしか見ていない新興国を「巨大市場」として考えなければならないということ。そして、その市場ではすでに、そこを狙う世界中の企業によって「トーナメント戦」が繰り広げられているということです。

 トーナメント戦では、一度負ければ次はありません。
 それにもかかわらず日本は、いまだに国内でリーグ戦をやっているように見えてしまいます。国内の企業同士で、前回は勝ったけれども今回は負けた、というように小さな枠の中での競合を続けているのではないでしょうか。

 日本の企業が厳しい状況に立たされているのは、円高や法人税の高さのためだともいわれていますが、そうした考え方は正しくはありません。
 トヨタ自動車のような世界企業が円高のために苦戦しているのは確かですが、中国やインドに製品を出荷している部品メーカーなどは輸出を伸ばすことができているのも一方の事実です。また、法人税を引き下げた場合は、韓国や中国のメーカーが現在とは比べものにならないほどの攻勢をかけてくるのも間違いないことです。現在は、法人税が高いからこそ、国内でリーグ戦を続けることがなんとか許されているともいえるのです。しかし、いつまでもそれが許されるわけではありません。競争に臨む意識そのものを変えていかなければ、グローバルな戦いを生き抜いていくことはできなくなるのです。

 1997年に起きたアジア通貨危機は、韓国では「IMF危機」と呼ばれています。経済が悪化の一途をたどった韓国では、IMF(国際通貨基金)に援助を要請し、結果的には、その経済介入によって財閥解体などを行なう事態に陥ったからです。このときのことは〝朝鮮戦争以来最大の国難〟ともいわれています。

 そして、この危機に直面したとき韓国は、それ以前のように日本経済に追随していくことをやめました。
 この危機をどう乗り越えていくかを真剣に考え、これまで目標にしていた日本企業のあり方を研究し、〝日本とは違った道〟を進んでいくことを決断したのです。

 このときにはあらためて、李健煕会長が言っていた「妻と子供以外はすべて取り換える」という言葉がクローズアップされました。韓国の企業にとってのこの決断は、それくらい大きな方向転換だったのです。

 サムスンや韓国の企業がなぜ日本に追随していくのをやめたのかといえば、日本の企業は産業構造のグローバル化にまったく対応できていないのを知ったからです。当時の日本の企業といえば、いまにもまして新興国をただの生産拠点としてしか捉えていない状況でした。そういうやり方は、グローバル時代に適さないということに韓国の企業は気がついたのです。

 そしてこのときから韓国は、新興国に工場をつくるだけではなく、それぞれの地域に拠点を築いていくことを始めていきました。新興国をただの工場として見ていくのではなく、市場として捉え、それぞれの地域の文化に合わせた〝地域密着型のものづくり〟をするようにシフトしていったのです。

 それをしたのは、新興国の経済規模が巨大化していくことで、世界経済がグローバルな戦いに移行していることを理解したからです。そしてまた、世界を相手にするビジネスは、リーグ戦ではなくトーナメント戦なのだということも、この時点で察知していたのだといえるでしょう。

崩れかけた橋を渡って壊す

 トーナメント戦に臨むうえで最も重要になるのが〝決定を早くすること〟です。
 相手の出方を窺っていたり、相手に対して優勢か劣勢かといったことを気にしているようでは戦いを勝ち抜いてはいけません。

 とにかく大事なのは〝先頭を走ること〟に尽きるからです。二番手ではダメなのです。
 日本では「石橋を叩いて渡る」慎重さが尊ばれる風潮がありますが、韓国では逆です。
 頑丈な石橋であれば、渡ろうとはしません。それを渡ったとしても、あとから二番手、三番手が追随してくるからです。

 石橋ではなく、木材が腐っているような橋なら渡ります。
 それを最初に渡り、振り返ったときにもまだ橋が崩れ落ちていなかったなら、叩き壊して、誰かが追随してくることもできないようにします。
 そういう考え方をしなければ、グローバルな戦いで勝者になることはできません。

 ある量販店にメーカーが商品の売り込みに来たとしてみましょう。
 日本の量販店であれば、「この商品は他にどこかのチェーン店が買いましたか? その販売実績はどうでしたか?」と確認するケースがほとんどだと思います。何事に対してもまず実績を確認しておくことが鉄則のようにもなっているためです。

 しかし、こうしたときには正反対の発想を持つべきです。どこかの量販店がすでに販売実績を挙げているとすれば、その商品を導入する価値はないと考えるのです。
 どこのライバル店もまだこの商品を扱ってはいない。あるいは他の国では売れているけれどもこの国ではまだどこも扱っていない。
 そういうときにこそ、その商品でビジネスを展開する決断をします。

 サムスン電子にしても、「どこの会社が導入している実績ある商品だ」というような売り込みを受ければ、その取引は受け入れることはまずありませんでした。
 日本のように「実績をつくってから出直してきなさい」といった追い返し方をするのとはまったく逆の発想です。

 誰もやってないからこそ、自分がやる—。
 利益を出すため、勝者になるためには、そういう姿勢こそが大切です。

 だからこそ、求められるのは〝決定の早さ〟になるのです。

 商品開発にしても販売展開にしても、なかなか決断がつかずに尻込みしていれば、誰かに先を越されます。
 そうならないスピードこそがグローバルな戦いの中で何より求められる能力です。
 どんなときでもまずデータで確認というような従来型の姿勢でいては、これからの競争では通用しません。
 こうした部分に関して韓国人は本当に徹底しています。

 実際はチャンスといえることではなくても、すぐにチャンスだと思い込んでしまうほど、未開拓分野の発見を重視しています。そして、そこに進出したことで失敗しても、どうしてダメだったのかという反省をすることも基本的にはありません。そうやって過去を振り返るのではなく〝前向きに次を考える〟という発想が強いからです。

 ひとつの失敗が繰り返されるとするならば、それは同じ環境、同じ条件のもとでのことだと韓国人は考えます。そして、同じ環境、同じ条件になることは二度とないという信念もあるために「同じ失敗をすることはない」という考え方を絶対的なものにしています。

 今日と明日とでは何もかもが違う—。

 根源にあるのは、そうした発想です。

 ※次回は4月11日(木)より掲載予定です。

 

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この連載について

サムスンの決定はなぜ世界一速いのか

吉川良三

3月にシャープに約100億円の出資を行って第5位の株主となり、話題となったサムスン電子。その強みは、2009年に進出した中国のスマートフォン市場にて、2012年にはシェア首位を獲得するといった〝世界の新興市場を、最速で制覇する〟ことに...もっと読む

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