食に求められる「日常の大切さ」/素朴で健全、そして美味しい食事 【第9回】

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』がcakesで連載スタート!全原稿を火・木の週2回で公開します。ミニマリズム、シェア、健康食志向・・・今、確実に起こりつつある価値観の変化。この流れはどこへ向かうのでしょうか。
今回は、食卓のシーンが印象的で、映画化もされたあの小説のお話からはじまります。

食に求められる「日常の大切さ」

『かもめ食堂』(幻冬舎)という群ようこさんの小説をご存じでしょうか。フィンランドで、日本人女性がレストランを開くというとても温かな物語。2006年に刊行されて、同年映画化もされました。小説も映画も、どちらもとてもすばらしい作品です。

 この作品での「食事というもののとらえかた」が、いまわたしたちが求めるようになっている新しい食をみごとに表現しています。「子ども食堂」の大人版みたいな感じです。わたしなりに理解した、「かもめ食堂」の食の意味を箇条書きにしてみます。

 第1に、非日常ではなく、健全で飾り気のない日常が大切であるということ。

 第2に、派手な美食ではなく、シンプルで素朴な料理がいちばん美味しいのだということ。

 第3に、人生にはいろんな困難がある。そんな時は、まず美味しい料理をみんなで食べて語り合おう。そうすれば歩き出せる。つまり食は人生の軸になるということ。

 映画では小林聡美さんが演じる主人公のサチエさんは38歳。宝くじが当たって1億円を手にして、かねてからの夢を実現しようとヘルシンキにやってきました。お母さんが早くに亡くなったので、古武道の達人のお父さんと2人暮らしだった彼女は、幼いころから料理など家事をになってきました。

 2006年に38歳という設定だとすると、だいたい1968年ぐらいの生まれ。ぎりぎりバブル世代ですね。だから大学生ぐらいのころは、友人たちはみな美食に憧れて「あの店のイタリアンはすごい」「フレンチはやっぱりこの店」というような会話が当たり前だったでしょう。しかしサチエさんはそういう会話に違和感を覚えて、こう独りごとを言うのです。

「ああいうのもいいけど、本当に人が食べる毎日の食事って違う」

 そして学校で「私、おいしい御飯とお新香とお味噌汁があれば、何もいらないな」と言って、まわりから「おばあさんみたい」と笑われるのです。バブルのころらしい反応です。しかしこういうサチエさんの感覚は、2010年代のいまとなっては多くの人が共感できるものになっているのではないでしょうか。『かもめ食堂』から少し引用します。

いろいろな店で食事をしても、素材を油や調味料でごまかしているものが多くて、サチエにとって濃い味付けが多かったが、クラスメートはそういう味の濃いものを、おいしいと喜んで食べていた。みんな薄味よりも濃い味のほうがずっと好きで、食物科に通っていながら、自分の食事はいつもカップ麺という子さえいた。

 そして彼女はこう語ります。

「華やかな盛りつけじゃなくていい。素朴でいいから、ちゃんとした食事を食べてもらえるような店を作りたい」

 まさにこれ! ですね。

 映画「かもめ食堂」では、こんなシーンもあります。途中からお店に参加した40代のミドリさん(片桐はいりさんが好演しています)が、閑古鳥が鳴いているのをなんとかしようと、日本のガイドブックにヘルシンキの和食屋さんとして掲載してもらい、日本人観光客向けの和食の店として売り出した方が良いのでは、と提案します。サチエさんは、こう答えるのです。

「うーん、でもガイドブックをみてやっぱり和食が食べたいと思ってやって来る日本人とか、日本食といえば寿司と日本酒だと思ってやって来る人とか、そういうのはこの店のにおいとちょっと違うと思います。レストランじゃなくて、食堂です。

もっと身近な感じというか。前を通りがかった人がふらっと気軽に入ってこれるような」

 まさに、日常の大切さなんですね。


素朴で健全、そして美味しい食事

 ちなみに映画『かもめ食堂』のメイン料理は、おにぎり。シンプルな白いお皿に、三角に握って小ぶりの海苔を巻いたおかか、鮭、梅のおにぎりが3個並んでいて、見るからに旨そうです。一緒に出される湯飲みには茶色が見えるので、ほうじ茶が添えられているのでしょう。3番目にお店に参加する50歳代のマサコさんを演じるもたいまさこさんが、ゆっくりと頬張るシーンがとても印象的。

 余談ですが、映画ではサチエさんとミドリさんのこんな会話もあります。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ジャーナリスト・佐々木俊尚が示す、今とこれからを「ゆるゆる」と生きるための羅針盤

そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚
アノニマ・スタジオ
2016-11-30

この連載について

初回を読む
そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』がcakesで連載スタート! ミニマリズム、シェア、健康食志向……今、確実に起こりつつある価値観の変化。この流れはどこへ向かうのでしょうか?深い洞察をゆるやかな口...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

zundoko_trp1 ご自身も料理をされる佐々木さんらしい良記事。 1年以上前 replyretweetfavorite

byusjp "2006年に38歳という設定だとすると、だいたい1968年ぐらいの生まれ。ぎりぎりバブ..." via @komachibypass https://t.co/681TK610sA https://t.co/2hRjlcekrH #highlite 1年以上前 replyretweetfavorite

sasakitoshinao フィンランドを舞台にした素敵な映画「かもめ食堂」で描かれる「日常の大切さ」ということ。/素朴で健全、 1年以上前 replyretweetfavorite

tabetetabete https://t.co/9UuL2iY8jY 1年以上前 replyretweetfavorite