なんとしてもサツマイモがほしい
秋の初め、うちのサツマイモは大いにしげっていた。
私は、地面にはびこるイモのつるを折りたたみ、「それほどしげっちゃいませんよ」と見せかけるのに必死だ。
なぜって、農園仲間にこう思われたくなかったから。
「金田さんのサツマイモって、つるボケじゃない?」
サツマイモには、“葉ばかりしげってイモが太らない”という現象があるらしい。
それが「つるボケ」。
れっきとした園芸用語だ。だれがつけたのか知らないが、救いようのない名ではないか。
サツマイモはヒルガオ科。アサガオと同じです。葉の形もどことなく似ています。
つるボケは、肥料のやりすぎが原因だという。
「気をつけたつもりだけどな……」
サツマイモがとれないと、困るのだ。
冬の私は、あらゆるつらさを焼きいもに助けてもらっている。
例えば、原稿が書けない、お金がない、人に意地悪された、もう3日も便秘だ などなど……。
便秘は当然だが、焼きいもを食べてさえいれば、たいていのつらさは、どうでもよく思えてくる。
しかし問題がひとつ。うちの近所へ来る焼きいも屋さんは、商売がえげつないのだ。
「1本ください」
「はいよっ。今夜も寒いねぇ」と挨拶を交わしているうちは優しいのだが、イモをはかりのカゴに入れたとたん、
「600円だね」
情け容赦のない値段をふっかけてくる。
(いったいどういう計算だ? だいいち、はかりの目盛りがまだ止まってないだろ。そもそも、なんでこのデジタル時代に、電子スケールじゃなくて、バネばかりを使うんだよ!)
出かかった文句を、私はぐっとのみこんだ。
彼を敵に回したら、「だったらもう、ここへは来ねえぞ」という事態になるともかぎらん。
泣く泣く、おいも1本と引き換えに600円を渡していた。
そんな非情なサツマイモ加工業者とも、もう おさらばさ!
この冬は、自家製サツマイモを畑の焚き火で焼けばいい。そのために、燃やす野菜くずも残してある。
だからなんとしても、サツマイモを豊作にしなければ。
掘りたい衝動を必死におさえる
サツマイモを植えたのは、6月の上旬だった。
JAの直売所で、20本500円で売られていた苗。それを見たときの驚きは忘れられない。
葉はついているが、根っこが生えていない、ただの茎だったのだ。
それを土にさせば、サツマイモが育つという。
さした直後はぐったりしていましたが、1週間後には根づいていました。なんという生命力でしょう。
「1本の苗に、きっと何十本もイモがつくよ。買うどころか、自分で焼きいも屋ができるわい」
はじめは笑っていた私だが、つるを伸ばして葉をしげらせ、畝からあふれて四方へ広がり出すサツマイモを見ていたら、不安になってきた。
これって、うわさに聞く「つるボケ」じゃないよね……。
「ちょっと掘ってみようか?」
「ぜったいダメ」
夫が激しく首をふる。
「まだ夏だよ。イモなんてできてないよ」
「地上がこれだけしげっているのに、地下でイモができてないなんて、考えられる?」
もしそうなら、間違いなくつるボケだよ。
夫が収穫しているのはオクラで、その畝までおしよせるサツマイモ。これでイモが育ってないなら、何を育てているのやら。涙
私は掘りたい衝動を懸命におさえた。そうして、収穫までひと月となったある日。
たたみすぎて団子状にからまったつるを、さらに返したときだ。
「ほっ?」
むき出しになった根元に、何やら赤いものが見えたのだ。
あわててしゃがんで、土をはらってみると、
「おお、サツマイモだ! できてるよー!」
ためしに掘ってみよう
ほかのイモとはわけがちがうぞ。
「春はあけぼの イモはサツマイモ」と、清少納言も書いてなかったっけ?
「まだ早いから掘っちゃダメだよ」
「いいじゃない。ためしにこれだけ掘ってみようよ。そしたらつるボケかどうか判明するし」
夫の返事を待たず、私はそのつるを引っ張った。
ずるっ。
出てきたサツマイモは、3本。しかも、さほど大きくない。
「ほら見ろ。まだ小さいじゃない」
奥に小さいのがもう1本あります。
「いや、大きさはいいとしてさ……」
私はひどく動揺した。
「問題は数だよ。いもづる式っていうし、ずるずる何十個もつながってくるんじゃないの?」
あたりを掘り返したが、新たに出てきたのは、直径1㎝ほどのくずイモが2本だけ。
「やっぱりつるボケかね……」
焼きいも天国の妄想が一気にしぼみ、焼きいも屋さんの高笑いが目に浮かぶ。
落ちこむ妻を気の毒に思ったのだろう。「まだ予定よりひと月早いし、これから育つよ」と夫は慰めた。
「人間の赤ん坊も、出産まで2~3か月になって急に大きくなるんだってさ」
なんなんだ、その例えは。
触っただけだから大丈夫
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