ブルジョワ・ボヘミアンの出現【第7回】

ジャーナリスト・佐々木俊尚さんの最新刊『そして、暮らしは共同体になる。』がcakesで連載スタート!全原稿を火・木の週2回で公開します。ミニマリズム、シェア、健康食志向・・・今、確実に起こりつつある価値観の変化。この流れはどこへ向かうのでしょうか。
ジョセフ・ヒースの分析を引きながら、メインカルチャーとカウンターカルチャーの相互関係について、考察が深まっていきます。

ブルジョワ・ボヘミアンの出現

 カナダの女性コラムニスト、ナオミ・クラインが2000年に書いた『ブランドなんか、いらない』(はまの出版)という本があります。この本の冒頭でクラインは、自分がトロントの寂れた工場街に住んでいることを書いています。


都会のさびれた地区でよく見られる現象だが、このスパディナ通りでも、古さは新しさと融合し、新たな魅力が生まれている。ロフトやスタジオには、自分が「都市のアート」の一部であることをよく知る、おしゃれな人たちが集まる。彼らは、それを他人に悟られないよう最大限の努力をする。もし誰かが「本当のスパディナ」を強く主張しはじめたら、都市のアートはたちまち安っぽい「田舎芝居」となる。こうなったら、すべての雰囲気はぶち壊しだ。


 反逆クールの優越感が見え隠れする文章ですね。しかしクラインが好きだったこの工場街は、その後市当局によって区画整理され、住宅や商業施設などをつくることが認められるようになりました。真新しいマンションやレストランが建ちはじめます。まさしく「安っぽい田舎芝居」がはじまってしまったわけです。

 この話を、ジョセフ・ヒースは次のような感じで分析しています。

 クラインがスパディナ通りに住んでいたのは、それがクールだったからです。しかしそのクールさに人々が憧れるようになると、住宅の価格が上がり、ロフトを購入する人々が増えていきます。これはクラインにとっては、あまり嬉しくない。スパディナ通りのクールさが失われることになり、「クラインは反逆クールなエリートである」という自身の価値が失われてしまうことになる。そこで彼女は引っ越して出て行かざるをえません。クラインはまた別のクールな場所を見つけ、そこに引っ越し、「わたしは大衆と違ってクールだから新しいこの場所に住む」と宣言します。でもまたそこにクラインのクールさに憧れた人々がやってきて……と、そういうくりかえしが延々と続くことになります。

 ヒースの分析が鋭いのは、こういうくりかえしそのものが、実は消費社会の本質じゃないかと喝破したことです。

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そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚
アノニマ・スタジオ
2016-11-30

この連載について

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そして、暮らしは共同体になる。

佐々木俊尚

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コメント

ediblejellyfish 笑ってしまった。この本面白そうだ。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

9saito 南部料理みたいな語感…。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

mmr_hrk ブルジョワ・ボヘミアンを略して、「ボボズ」 ボボズという語感のブルジョワ感ボヘミアン感の無さが酷い…。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

sasakitoshinao 反権力でカウンターカルチャーなのに富裕層、というのが台頭してきたのでおかしなことに。米国の話だけど、日本でもそういう人たくさんいますね。 11ヶ月前 replyretweetfavorite