生きる理由を探してる人へ

自分と他人に関心を持ちすぎてしまう現代人—vol.2

自分が何をやりたいのかわからなくて夜も眠れなかったり、職場や人間関係に疲れてふと駅のホームから一歩踏み出そうとしてしまったり……。作家の平野啓一郎さんと芸人の大谷ノブ彦さんが「生きる理由」に悩むすべての人の心を軽くしようと対談した新書『生きる理由を探している人へ』のトークイベントが行われました。「本当の自分」「世間の正しさ」から自由になって生きるにはどうしたらいいのか? 全3回でお届けします。(構成:平松梨沙、撮影:渡辺愛理)

「分人主義」という考え方

大谷ノブ彦(以下、大谷) 差別の例として人種や国籍、貧富といったものを挙げたけれど、これは「他者への不寛容さ」の話にもつながるなと思います。
 今の世界やSNSを見ていると、アメリカの大統領選挙をめぐる言説もそうだけど、ひとつの失言やひとつの風潮を攻撃するというのが止まらないですよね。

平野啓一郎(以下、平野) それに関しては大きな問題だと思ってます。「自分にしか関心がない」人が多いという話も先ほど出ましたけど、一方で「他者に関心を持ちすぎる」人も増えている。

大谷 いますねえ。

平野 ぼくは他人に関心を持つこと自体は悪いことじゃないと思ってますよ。でも「俺と同じ考え方しなきゃ」とか「ああいうふうにするのやだ」とか、他人のプライベートまでやかましくガミガミ言う人が増えている気はします。程度の問題ですよ。

大谷 それで言うと、ぼくも昔はそういうところがあったなと思います。他者と比べないと幸せを感じられずに苦しんでいた時期というのがあって。芸人業界って、とくに比較しあってしまいがちな世界だから、同期がテレビに出ていたらすぐ消したりとかしてたもん。

平野 自殺を考えたこともあると言ってましたもんね。

大谷 そうなんですよ。でも、そうやって苦しんだあとに、ラジオで共演した作家さんがきっかけで平野さんの作品を読んで「分人主義」という考え方に衝撃を受けました。「個人」は対人関係ごとにいくつもの顔—「分人」を持っていて、本当の自分なんてなくていいし、ある自分につらくなったら、ほかの自分に逃げてもいいんだよという考え方。
 この考え、自分が自殺というものに直面したときに出会っておきたかったなあと思いました。だって、僕が苦しかったのは、ずっと「本当の自分探し」ばかりしてたからなんです。

「遠かった」作家という職業

平野 大谷さんに限らず、自分探しってみんなやってるし、ぼくだって学生のころは悩んでましたよ。「将来何になるの?」と聞かれるのが本当にいやだった。

大谷 そういえば平野さんって、いつ作家になろうと思ったんですか?

平野 ずっと小説は書いてましたけど、大学のときに新潮社に原稿を送って「新潮」の編集長に目をとめてもらうまでは、作家になれるかどうかはまったくわからなかったですね。

 東京に住んでたら誰かが目をかけてくれるとかそういうイメージがあるかもしれないけど、地方にいると、「作家」という仕事は、天体望遠鏡で見ているはるかかなたの星に近かった。あと、自分が関心持ってた文学が当時のトレンドとまったく違ったのもあるかな。

大谷 東京に住んでいるかどうかというのは大きいですよね。

平野 それと『日蝕』を書くまでは、自分自身手応えがなかったんですよ。そして一方でぼくは、まっとうに社会で生きることに対するなみなみならない憧れもある。

大谷 ぼくもあります。公務員とかなってみたい。

平野 「正しい」気がしますよね。ぼくは学生時代にトーマス・マンという作家にすごく影響を受けたんですね。トーマス・マンは、社会がくさっていてアーティストはえらいという書き方を決してしなくて、市民社会の価値を根気強く説きつつ、それなのにアートに惹かれる登場人物たちを書いているんです。その分裂の感じが、ぼくにはすごく共感できた。

大谷 ちょっと後ろめたい感じね。

平野 単純に、「小説書いてる」って人に言うの恥ずかしいという気持ちありましたからね。

大谷 ぼくはいろいろな作家さんの作品をすばらしいと思って読んでますし、救われているのでそこはうなずきたくないんですけど、言いたいことはわかりますよ。

平野 高校時代から小説を書いてましたけど、やっぱり周囲はちょっと笑ってましたからね。

大谷 え、タイトル教えてもらえませんか?

平野 言いません(笑)。

大谷 ぼく、ちなみに高校のときに文学同好会に入っていたんですよ。この間母校で講演したらそのときの同人誌が出てきたんだけど、処女作のポエムが「レイニー・デイ」ってタイトルでした。二作目は「ぼくは死んだ」(笑)。もう見た瞬間から「言いたい」って思ったのでこうやって話しますけど。平野さんのデビュー前の小説のタイトルも知りたい……。

平野 ぼくが死んだら家のどこかから出てきますよ(笑)。

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生きる理由を探してる人へ

大谷ノブ彦 /平野啓一郎

「自殺=悪」の決めつけが遺族を苦しめることもある。それでも自殺は「しないほうがいい」。 追いつめられていても、現状から脱出して「違うかたちで生きる」という道を提示できないか。 変えられるのは未来だけじゃない。芸人と作家が語り合う異色対...もっと読む

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コメント

shin1rohibi 僕も悩んでたとき、あったな。→ 4ヶ月前 replyretweetfavorite

eli_xoxo0531 https://t.co/eh7YlixmNk 4ヶ月前 replyretweetfavorite

purple_and_p 「分人主義」って今まで全く知らなかったなぁ。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

consaba 大谷ノブ彦+平野啓一郎「出版社なり編集者なりが認めてくれれば何か言えたけれど、その前の段階で「作家で小説書いてます。就職活動してません」なんてことは、僕はうまく言えなかった。」 vol.2(構成:平松梨沙、撮影:渡辺愛理) https://t.co/33ryKpGaMk 4ヶ月前 replyretweetfavorite