先週のパリジャン十色では、日本人の自己肯定感が低いということをお話しました。自己肯定感が低いというのは、自分に自信がないということ。だからつい、他人や世間の基準でものごとを決めてしまいがちになります。そして結婚においては、旦那となる人の価値で、自分を肯定しようとしてしまうのです。
この自己肯定感の「低い」「高い」は、生まれ育った環境や教育によって決まる部分が多いと思います。
自己肯定しづらい環境で育った私
私が育ったのは、九州の田舎でした。東京のように情報もない環境だったので、ものすごく狭い世界で育ったと感じています。
小学生の頃、好きな教科は国語と美術で、苦手なのは数学や物理など、正解が1つしかない教科でした。
高校に進学すると、先生や親は、私たちに「今の不景気だからこそ、良い学校に行って、良い会社に就職すべき」という「正解」を、毎日繰り返し言い聞かせました。さらに担任の先生は、時々自分の子供を教室に連れて来ては「かわいいだろう」と、結婚して子供を持つ、という生き方の「正解」まで見せてくれたのでした。
先生も親も、生き方の「正解」には王道の1つだけで、それ以外があるなんてことを教えてくれませんでしたし、学校の外の社会でも、やっぱりそれ以外の「正解」はないように見えました。
おかげで自然と「受験に失敗したら、人生は終わりだ。だから勉強しなければ」と強迫されながら、嫌でも勉強せざるを得ない毎日。
この頃、クラスメイトや仲の良い友人たちと話すたびに、彼らの偏差値がいくらくらい、という数値がついて見えるようになっていたのを覚えています。
その後、高校、大学を卒業して就職し、社会に出ていっても、なかなか先生や親が言っていた「正解」どおりにいかないことの方が多いことに気がつきます。それでもなんとかもがきながら忙しく働く日々。すると、気がついたら30歳が目前に。そして今度は、まだ結婚していない自分が「正解」からはずれていることに不安を覚えはじめました。
そして「結婚できない人生は終わりだ」と思い込んでいる自分がいたのです。
結婚してくれる相手がいない私は女としてダメだ。結婚もできない私は社会人としても欠陥がある。結婚できていない自分はダメだ。と自分を否定しつづけてしまいました。
残酷なことに、この頃から無神経な人から「結婚しないの?」という言葉まで浴びせられる機会も増えます。ちなみに、この「結婚しないの?」という質問は、言っている本人はその気がなくとも、「結婚できていないお前は不正解だ」と言われているのと同じく、相手を否定する凶暴なフレーズになりえますので、取り扱いには気をつけましょう。
婚活が苦しいのは、それまで教えられた「正解」どおり生きられていない自分を否定してしまうから。そして、教えられた「正解」以外の生き方を知らなかったからだと思います。
教えられた「正解」どおりに生きられる人って案外多くはないはずなのに、です。
こんな風に、自分を否定してしまった経験のある私は今現在、当時よりずいぶん自分を肯定して気楽に生きられるようになったと感じています。
それはどうしてなのか? ひきつづき、私の体験を紹介してみようと思います。
パリに住んでわかったこと