【くるみ】7月8日 金曜日
「かんぱ——い!」
酒と男。楽しみにしていた金曜日の夜、合コンがとうとう始まった。
アパレル勤務、24歳、くるみ。
今夜は白レースのブラウスにひらひらと風をはらませ、膝丈の黒のフレアスカート、11cmのハイヒールという戦闘服で戦場へ駆けつけた。合コン相手が会社員の場合は準正装を心がけ、スーツの男性の横に並ぶのに相応しい格好をするようにしている。ブラジャーこそ透けないようにしているが、この見えそうで見えない感じが男にとってはたまらないのだ。
「くるみと言います。くるちゃんって呼んでください♪」
「くるちゃん、なんのお仕事してるのー?」
「アパレルです。レディースのインポートやってます」
「売ってるの?」
「いえ、プレスを担当してます」
「へー。可愛いしプレスっぽいね」
「えーなにそれ〜(笑)」
「じゃあ他に質問ある人ー? ないなら次の子の番いくよー」
「あ、くるちゃん彼氏どのくらいいないのー」
「うーん、1年くらいかなぁ」
「え〜なんで? そんなに可愛いのに!」
「え〜、えへへ、なんでだろ♡」
いつも通りの合コン。
男、お酒、それが私の生きがい。
いい男といいお酒が飲めれば、今まで私に降りかかってきた嫌なことをすべてなかったことにできるくらい、私は合コンが好き。
だって、モテるんだもん。
合コンは、私が私らしく輝けるイチバンの場所。
*
今夜の合コンの男幹事はアツシだ。23歳のアツシとは、商社としては中堅の企業に勤めている男友達が開催した合コンで出会った。あまり有名じゃない企業に勤めている男でも、定期的に付き合い、飲み会に可愛い女の子を連れて行ってあげれば、向こうも負けじとスペックの良い男を提供してくれる。
合コンで一番テンションが上がるのはいつかと言えば、間違いなく、自己紹介の時に相手の口から一流企業の名前と肩書を聞いたときだろう。「キター!」と心の中でガッツポーズをしながら、顔は「へ〜、メリルリンチってなぁに?」と装う。そして絶対に逃すまいと合コンの女神に誓う。
でも、自分が幹事のときは狙った獲物に直接手を出せないことがある。女幹事と男幹事はある程度仲が良いため、別の男に手を出すのが空気的に許されないことがあるからだ。
そういう時は、連れてきた戦友である女友達の出番。ターゲットと次の約束を取り付けてもらうのだ。「あの人と連絡先交換しておいて!」とこっそり告げる。そして次にターゲットと飲み会を開催してもらったときに自分も呼んでもらう。そんなルーティンの繰り返しで戦友と共にハイスペックの人脈を築いていく。
優良な出会いはある日突然降ってこない。ちょっとしたきっかけを大切にしながら地道に関係性を構築していき、自分の出会い力を高めることによって初めてハイスペックと出会えるのである。そしてハイスペックの周りには必ずさらなるハイスペックがいる。出会い力の向上こそ、恋愛市場で勝ち抜く術と言っても過言ではない。
*
そんな今夜の合コンの男性メンバーは左から、兼松、三菱商事、三菱商事、化粧品会社社長だ。
「女子はみんな何系なの? くるちゃんはアパレルでしょ? えっと隣の……」
「アスカね。アスカは……」
くるみがフォローしてアスカをしゃべらせる。
「私もアパレルです。」
「アパ? アパ? アパホテル?」
既に意味がわからないがなぜか盛り上がるのは酒とノリのせい。相手のチームワークにより女子はなんだかよくわからないが笑わされてしまう。
合コンとは共同作業だ。お互いのことを全く知らない人たちが集まり、共通の話題やみんなで盛り上がれる話題を探りながらそれぞれが楽しく過ごせる空間を作る。商社マンや広告代理店の男性たちは、場数なのか、社風なのかはわからないが、その作業が他の業種の人たちと比べて少し上手なのだ。
「そのクッションの持ち方いいね!」
男性の一人が、たまたま女子がソファのクッションを抱えて持っていたのを指してそう言った。
「いいね! じゃあ誰がいちばんクッションを可愛く持てるか、競おうよ!」
もう一人の男性が便乗して、すぐに「クッション可愛く持つ選手権」が始まった。
「はい次!」
合コンでは何でもテンポよく進めることが楽しく過ごすカギになる。何かで話が止まってしまったり、テンポがゆっくりになった瞬間マンネリ化してしまうことがある。そういった飲み会のコツというものを彼らは経験値により知っているのだ。
結局、クッションをぎゅっと抱きしめるように持った子が一番可愛かった、ということになった。
この一連の流れをよく観察してみると、男性が一方的に話しているのでもなく、双方向に話しているだけでもないということがよくわかる。女子一人ひとりにアクションをする場を与えて、誰ひとりとして退屈にさせていない。これぞ商社マン。女子全員に気を配ってくれるので、安心して飲める。くるみは彼らのそういうところが大好きだ。
*
「うーん、どうしよっかなぁ」
「くるちゃん、僕と2人で二次会行こうよ」
化粧品会社社長がくるみにロックオンをかけてきた。
「えー?」
「僕がよく行く夜景の綺麗なバーに連れていきたい。タクシーですぐそこなんだ」
くるみは知っている。この誘いについて行くことが、今夜彼とセックスをするということなのだと。
夜景の綺麗なバーには行ってみたいが、それだけで帰してくれるような男性はおとぎ話の中にしか存在しない。男は全員オオカミさんなのだ。
まぁでも、今日はそういう気分だし、ちゃんと勝負下着つけてきてるし、悪くない案件だから行っちゃおうかな。既に気持ちは固まっていても、アバズレビッチと思われないために、念のためこう言わなければならない。
「うーん……じゃあ1杯だけなら」
さっきまで一緒に飲んでいた他のメンバーなんてお構いなしに彼はすぐにタクシーを止め、くるみを先に車内へ誘導した。行き先を告げるとタクシーはすぐに走り出した。それと同時に彼はフリーだったくるみの左手を握り、さっきの合コンでいかにくるみが可愛かったかを力説し、すでに口説く態勢に入ってきた。
その後は予想通り、つかの間のバータイムは早々に終わり、くるみは彼の自宅に招かれた。
化粧品関連の仕事をしている彼の自宅には、見たこともないような男性用の美容用品がたくさんあった。洗面所の周りは特に、いろいろな種類の化粧水や美容液などでいっぱいだった。
暗くてよくわからなかったが、よく見ると部屋自体はあまり片付いてないようだ。というより、むしろ汚い。ソファの辺りは足の踏み場がないほど散らかっているし、テーブルの上も同じ。書類やらグラスやらなにやらよくわからないが、いろんなもので溢れかえっていた。
その隅にふと写真立てが目に入り、よく見ると彼が派手な身なりをした女性と2人で写っていた。
「これは誰ですか?」
「あ、それ元カノ。もう捨てちゃってもいいんだけどね」
そう言って彼は、なんの悪気もないようなそぶりで写真立てを伏せた。
「長かったんですか?」
「うん、まぁ5年くらい付き合ってたね」
「ふーん」
なにも気にしてないようなフリをしてみせたが、ちょっと引っかかった。元カノのことを引きずっているのか、もしくは今も続いている彼女なのか。ただのワンナイトのノリでここに来ているはずなのに、くるみは少なからず期待をしていたのかもしれない。「この人ともしお付き合いすることになったら…」と。
明らかに、自分の中で少しテンションが下がっているのがわかった。
素敵なバーに連れて行ってくれたし、西新宿の高層マンションに住んでいるし、ステータスもあるいい男だったのだけれども、その夜は前戯された後、挿入を拒否した。女性の身体を知っていて前戯がすごく上手かったのも、うれしかった反面、長く付き合っている彼女がいたから上達したんだなと、嫉妬めいた少し皮肉なことを考えてしまう。
結局最後までしなかったが、その後も彼との関係は続いた。彼の住む高層マンションのゲストルームで人を集めてパーティしたり、お互いに幹事をしてまた合コンをしたりもした。
24歳、西新宿の男との夜。
次回、「顔なんてオッサンになっちゃえばみんな同じ」は、1月5日更新予定
(イラスト:ミナミナミ)